大阪市立大学の研究チームは,芳香族フッ素化合物にフェムト秒レーザーを照射することで,有機化合物では初となる5価陽イオンを生成することに成功し,また,大阪府立大学との共同研究により,芳香族化合物では最も小さい4価陽イオンを生成することにも成功した。(ニュースリリース)。
現在,多価陽イオンを加速器で光速近くまで加速し,体内の病巣に狙いを絞って照射する重粒子線がん治療施設が日本各地で稼働している。イオンの価数が大きいほど効率よく加速できるため,炭素原子の4価陽イオンなどが治療に用いられている。
もし,分子の多価陽イオンを発生させることができ,かつ単独で反応することなく十分な寿命をもつならば,重粒子線源としての可能性も考えられる。これまでに報告された最も大きい価数の分子は12価のフラーレンだが,有機化合物の多価陽イオンについては4価までしか観測されていなかった。
今回,研究グループは,芳香族フッ素化合物にフェムト秒レーザー(40fsのパルスレーザーを使用)を照射することで,5価陽イオン(オクタフルオロナフタレン:C10F8)ならびに4価陽イオン(ヘキサフルオロベンゼン:C6F6)を生成した。
これらのイオンの検出には飛行時間型質量分析計を用い,イオンの飛行時間からイオンのm/zを決定した。さらに,同位体ピークの面積比から元素組成を決定した。
このような多価陽イオンを生成することができたのは,フェムト秒レーザーを用いるトンネルイオン化によって生じるイオンが余剰なエネルギーをもたないこと,プロトンとして容易に脱離する水素原子をフッ素原子で置換したことが挙げられるという。
今回の研究では,フェムト秒レーザーを用いることで有機化合物陽イオンの価数の最大値を49年ぶりに更新することができた。また,芳香族4価陽イオンについても分子サイズの最小値を34年ぶりに更新した。その一方で,多価陽イオンが単独では極めて安定であることも明らかにした。
研究グループは,今回の成果は多価陽イオンの物性や反応研究の実現に大きく寄与すると考えられ,また,重粒子線がん治療では,分子の多価陽イオンが十分な寿命をもつことが明らかになったため,将来的には分子の多様な反応性を活かした重粒子線源としての活用が期待できるとしている。