量子科学技術研究開発機構(量研),英クイーンズ大学ベルファストの研究グループは,横浜市立大学,高エネルギー加速器研究機構とともに,空間的に不均一に放射線を当てた場合には組織機能の回復が生じ,放射線量から単純に予測されるよりも影響が軽減されること,さらにそのメカニズムとして放射線の直接当たらなかった細胞の移動が起きていることを実験的に証明した(ニュースリリース)。
従来,生体器官への放射線の影響は,放射線の量(線量)に応じてその度合いが大きくなるというモデルで説明されてきた。そこには「器官全体が一様に影響を受ける」という暗黙の前提があるが,医療放射線も含め私たちが日常浴びる放射線は,身体の中に当たる細胞と当たらない細胞が混在している。
今回,シンクロトロン加速器から得られる指向性の高い放射光X線の特性を巧みに利用し,放射線の照射範囲をマイクロメートルオーダーで自由自在に操作した微細なストライプ状の照射と,細胞の生死と分化・成熟の様子を総合的に評価できるマウス精巣の器官培養法を組み合わせることで,不均一なX線照射が精子形成能に与える影響を評価することに挑戦した。
7日齢の雄マウスから精巣を摘出し,1mm3程度の大きさのブロックに切り分けた後1.5%アガロースゲル上で培養した。翌日にこの試料に対して5.35keV放射光X線マイクロビームを照射した。その際,マイクロビーム照射範囲をストライプ状にして,精巣組織の体積の約50%に集中して5GyのX線を照射した場合(組織全体で平均すると2.5Gy相当)と,2.5GyのX線を全体に均一に照射した場合の,2つのパターンを検討した。
その後のGFP発現の変化を蛍光顕微鏡下でリアルタイムに解析し,比較したところ,ストライプ状に照射した場合には,GFPの発現が非照射サンプルと同様(精子形成能あり)であったのに対し,全体に均一に照射した場合にはGFPの発現をほとんど検出できず,精子形成能が失われたことが示唆された。
今回の研究では,ストライプ状照射でX線が当たっている部位においても次第に緑色蛍光が現れてきた事実から,放射線が照射されていない部分(正常部分)にある精子形成細胞が,精細管を介して放射線が照射された部分(損傷部分)に移動して,精巣組織全体の精子形成能を修復・保全している可能性を見出したという。
研究グループは,この結果は従来の「用量(線量)―反応モデル」の限界を示すもので,今後,より精緻な放射線影響の予測法の確立に貢献し,将来的には放射線治療における副作用の低減などにもつながるとしている。