慶應義塾大学と山口東京理科大学の研究グループは,細胞が遊走する際には事前にその形状を変化させるという性質を利用し,現在の細胞の画像から未来の移動方向を予測することができるAIを開発した(ニュースリリース)。
近年,生物学の分野において細胞を分類する問題に畳み込みニューラルネットワーク(CNN)が応用され,これまでに多数の結果が報告されている。しかし,現在までに提案されたこれらの応用事例は,細胞の画像から現在の細胞の状態を分類するものに限られている。
研究グループは今回,細胞形状が未来の運命に影響し得るモデルシステムとして細胞遊走に着目し,ある時刻の細胞の顕微鏡画像からその移動方向をAIにより予測できるのではないかと考えた。
研究では,まずNIH/3T3細胞,U373細胞及びhTERTRPE-1細胞に関する時系列位相差顕微鏡画像を準備し,次に移動する方向として4つの移動方向(左上,右上,左下,右下)のいずれかを各画像に紐づけた。この準備した位相差顕微鏡画像を入力として4つの移動方向のいずれかを出力するAIを実装し,準備した画像とそれに紐づく未来の移動方向を学習させた。
学習後のAIを用いて,学習に関与させていないこれらの細胞の画像から未来の移動方向を予測させたところ,各方向における予測の正しさを測る指標のMean Class Accuracy(MCA)がNIH3T3細胞において87.87%,U373細胞において80.65%,hTERTRPE-1細胞において94.22%という精度で予測可能であることが示された。これは4方向をランダムに当てさせた場合には25%ということを考慮すると,非常に高い精度で未来の移動方向予測が可能だという。
続いてAIがどのような根拠に基づき未来の移動方向を予測しているかを知るために,AIが学習した移動方向の予測に寄与する画像内の特徴を調べた。その結果,細胞が遊走する際に形成する特徴的な形態の遊走方向前部に形成される細胞突起,及び後部に形成される細胞後縁部の特徴が得られたという。
研究グループは,今回の成果は現在の細胞の画像から未来の状態を予測するためにAIが有用であることを示し,このことは医療分野などにおいて未来の予測が強く要求されるがんの予後診断などへの応用が期待できるとしている。