海洋研究開発機構(JAMSTEC)は,北極海の海氷減少が硝化反応を抑制することで海洋窒素循環に影響を及ぼすことを明らかにした(ニュースリリース)。
海洋の生物生産において,アンモニアや硝酸・亜硝酸などの窒素は最も重要な栄養素。海洋中では,有機物から分解されたアンモニアが,微生物の活動を介して亜硝酸や硝酸へと無機窒素の形が変換する硝化反応が起きている。硝化反応は海洋窒素循環の中心に位置し,海洋中の各無機窒素の割合を決定する重要な役割を果たしている。
さらにこの硝化反応はアンモニアの濃度や光量,pHによって制御されることが知られている。近年の北極海の海氷融解の進行や海洋酸性化は,硝化反応速度に影響を及ぼす可能性が示唆されていたが,実態はまだ明らかになっていなかった。
研究グループは,海洋地球研究船を用いて,西部北極海チュクチ海の陸棚域と海盆域にて硝化反応が光量とpHに対してどのように応答しているのか観測を実施した。その結果,pHの低下により硝化速度が減少していたものの,その減少の程度は光の影響に比べて小さく,光量が0.11mol photons m-2d-1以上になったときに硝化が顕著に抑制されることがわかった。
この0.11mol photons m-2d-1を光量の閾値としたとき,閾値を超える光量が北極海陸棚域や北極海海盆域の水深約80m以浅で観測され,そこでは硝化反応が抑制されていることが観測された。実際に,衛星観測による過去20年間の北極海光環境を解析した結果,海氷減少に伴って海底部もしくは水深50mで光量の閾値を超える海域が北極海全体で拡大していることがわかり,硝化反応が大きく抑制されているものと考えられる。
海中への光の透過が促進されると硝化反応が抑制され,アンモニアが硝酸に変換されにくくなるので,海中ではアンモニア態窒素栄養塩の相対量が増加すると考えられる。植物プランクトンにとってはアンモニア態窒素の方が少ないエネルギーで有機物合成できるため,アンモニア態窒素の相対的な存在量が増える変化は,食物連鎖の底辺を支える低次生態系にはとても有利に働き,上位の高次生物の生産にも大きな影響を及ぼす可能性がある。
これまで人間活動による窒素循環の変化は,大量に作り出された窒素肥料と化石燃料の燃焼による余剰窒素の負荷によるもので,人口の多い中低緯度域の問題という見方が一般的だった。しかし,今回の研究は,北極海海氷融解の加速によって光環境を変化させた結果,窒素循環が変化することを明らかにした。
研究グループは,今後は硝化反応の抑制が北極海における窒素循環や海洋生態系にどのような影響を及ぼすのかを明らかにしていく必要があるとしている。