名古屋大学,物質科学国際研究センター,理化学研究所は,褪色に極めて強いミトコンドリア蛍光標識剤「MitoPB Yellow(マイトピービー・イエロー)」を開発し,ミトコンドリアの内膜構造を超解像STED顕微鏡によって,生きたまま鮮明に可視化することに成功した(ニュースリリース)。
ミトコンドリアの内膜は「クリステ」と呼ばれ,内側に折り畳まれたひだ状の構造をとることによって細胞に必要なエネルギー産生の効率を高めている。このクリステ構造の観察には,透過型電子顕微鏡を用いる手法が最も一般的だが,生きた細胞には適用できない。
超解像顕微鏡は,細胞が生きたままの状態で細胞小器官を観察することができるが,ミトコンドリアのクリステ構造を可視化するには,従来のミトコンドリア標識剤では内膜のみを染色できない。加えて,光照射によって蛍光色素が著しく褪色してしまうため,クリステの構造変化を観察し続けることができなかった。
研究グループはこれまでに,リンと炭素原子によって構造強化された蛍光色素骨格をもつC-NaphoxおよびPB430を開発し,これが極めて高い耐光性をもつことを発見している。
今回開発した蛍光標識剤は,色素近傍に存在するタンパク質のシステイン残基と共有結合可能な官能基を持っている。また,色素の周辺環境に依存した蛍光応答を示し,極性環境下では,ほとんど蛍光を示さないが,脂質膜などの低極性環境下にある場合には強く発光するという性質も持っている。これらの特性によって,ミトコンドリア内膜だけを可視化できることがわかった。
さらに,この蛍光標識剤は細胞膜透過性をもっていることから,培地に色素を添加するだけで蛍光標識することができる。この蛍光標識剤は超耐光性に加えミトコンドリア内膜に対する高選択性を兼ね備えているので,STED顕微鏡によってクリステを観察することができる。共焦点画像ではクリステは全く見えないが,STED顕微鏡画像ではクリステの層構造を明瞭に可視化できることがわかった。
超耐光性色素の最大の利点は,強いレーザー光照射下でも同一エリアを繰り返して撮像できること。STED顕微鏡によるタイムラプス観察を行なったところ,ミトコンドリアの融合や膨潤時におけるクリステの動的な形態変化をリアルタイムで捉えることができた。
研究グループはミトコンドリアの形態は,細胞のエネルギー代謝のみならず,パーキンソン病やミトコンドリア病などの神経変性疾患とも深く関連することから,診断薬としての応用や治療薬開発ツールとしての利用が期待できるとしている。