量子科学技術研究開発機構(量研)は,スイス連邦工科大学,イスラエル・ネゲヴ・ベン=グリオン大学,ナノ炭素研究所,京都大学と共同で,生命現象や細胞内環境を精密計測するための次世代ツールとして期待される,世界最小の5nmのダイヤモンドで高感度な量子センサーの開発に世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
ダイヤモンドは炭素の結晶だが,結晶中に不純物として窒素が存在すると,そのとなりに空孔ができることがある。この窒素と空孔の中心「NVセンター」には,周辺環境の変化を極めて敏感に検知して量子状態が変わる特性があり,この特性をセンサー機能として利用することができる。このため,NVセンターを持つダイヤモンドは「量子センサー」と呼ばれ,次世代の超高感度センサーとして注目されている。
この量子センサーを数ナノメートルまで小さくすると,タンパク質などの小さな分子の変化も計測できるようになると考えられてきたが,従来の技術では作製不可能だった。
そこで今回の研究では,爆薬の爆発で炭素を圧縮する「爆轟法」と呼ばれる手法で作製した微小なダイヤモンド(爆轟法ナノダイヤモンド)に電子線を照射し,結晶中にどのくらいのNVセンターができたかをESR(マイクロ波を用いる一般的なスピン計測法)により測定した。
その結果,電子線の照射量を多くするほど,高い確率でNVセンターが形成されることがわかった。また,爆轟法ナノダイヤモンドは800℃の加熱処理をしなくとも,電子線照射のみでNVセンターが形成されることが明らかになった。
さらに,爆轟法ナノダイヤモンドは,電子線照射過程で1000nm程度の大きな凝集体を形成するが,混酸(濃硫酸:濃硝酸=3:1の混合溶液)中で125℃に加熱することで,マイクロメートルサイズの凝集体を5nmのナノダイヤモンドに容易に戻せることを明らかにした。
光検出磁気共鳴法(蛍光を使ってスピンが共鳴する周波数の計測法)を使って,このNVセンターの共鳴周波数(2870MHz)の計測にも成功した。共鳴周波数を測ればNVセンター周辺の温度や磁場,電場など様々な物理量の計測が可能になるので,5nmのナノダイヤモンドが間違いなく,量子センサーとしての特性を有することも明らかになった。
5nmという大きさは,「緑色蛍光タンパク質(GFP)」とほぼ同じサイズ。GFPは結合しているタンパク質分子の位置を,蛍光発光を介して知ることができるが,このGFPの代わりに5nmの量子センサーを使うと,位置だけではなく,タンパク質分子周辺のさまざまな情報を詳細に知ることができるようになる。
研究グループは,これにより,たとえば異常型タンパク質がもたらす認知症の研究や,変性タンパク質による細胞老化のメカニズムの解明など,生命科学研究への幅広い寄与が期待できるとしている。