量子科学技術研究開発機構(量研)は,強いレーザー光に晒されたエタノール分子から放出される電子とイオンを精密に観測し,得られたデータを量子力学に基づく理論計算で検証した結果,分子内部で電子の分布が,フェムト秒の時間スケールで振動するレーザー光の電場に応答して変化することを明らかにした(ニュースリリース)。
分子の状態や化学反応の起こりやすさは,分子の中での電子分布を意味する「分子軌道」の形によって決まる。電磁波のレーザー光は,その電場によって分子軌道に直接働きかけることが可能。分子軌道の形は,レーザー光に晒された際に,分子の各場所から電子が飛び出す確率を測定することで明らかにされてきた。しかし,分子軌道の変形を明確に捉えた研究例はなかった。
そこで今回,研究グループが開発したレーザー光に晒された分子から放出される電子とイオンの方向と速度を精密に計測する装置を使用して,エタノール分子を対象とした測定を行なった。
シミュレーションでは分子軌道はレーザー電場の影響を受けて変形すること,また,その変化はレーザー電場が分子のどちら方向にかかるかによって異なることが分かった。
予測されたエタノールの分子軌道の変形を確かめるために,気体のエタノール分子に同じ強度のレーザー光(円偏光,波長800nm,電場強度1.7×1010V/m)を照射し,飛び出した電子とイオンの計測を行ない,それぞれの方向,速度データを精密に処理した結果,分子の各場所から電子が飛び出す確率を,非常に高い精度で求めることに成功した。
この実験で得られたデータを,量子力学に基づく理論計算で検証することで,振動するレーザー光の電場に応答して分子軌道の形が変化していることを世界で初めて実証した。
研究グループは,今回の成果は,分子軌道の形をレーザー光を使って直接操作できることを意味し,この成果は将来,要望に合わせて化学反応を起こす「オンデマンド制御」による,革新的な化学物質創製技術につながるとしている。