大阪大学は,ヒトを含むあらゆる多細胞生物の発生と組織形成に必須であるタンパク質,「Wnt」(ウィント)を受容体との複合体の状態で結晶化し,その立体構造を解明した(ニュースリリース)。
がん研究は,患者由来のがん細胞を実験室で培養してその性質を解析することにより進展してきたが,近年,患者由来の腫瘍組織をより生体内に近い3次元的な培養(オルガノイド培養)をすることにより,実際のがんの性質をより忠実に再現し,がんのメカニズム解明や治療法に役立てることが重要視され始めている。
幹細胞(がんオルガノイドを含む)を培養系で維持し,増殖させるために必須な因子が,Wnt3を代表とするWntタンパク質群。Wntが幹細胞を活性化する経路は「Wntシグナル経路」と呼ばれるが,この経路が正常に働かなくなると,骨ができず骨粗鬆症や増殖が暴走してがんになる。そのため,このWntシグナル経路の分子メカニズムを明らかにすることは,生物学や医学分野で大変重要になる。
特に望まれるのが,Wntタンパク質が細胞上の受容体に結合してシグナル伝達を開始するところの分子の姿(構造)をX線結晶構造解析などの手法で明らかにすること。これによりWntシグナル経路を人工的に制御するためのツール(医薬)の開発が加速する。
今回,研究グループは,ヒト由来Wnt3タンパク質を水に溶かすためにさまざまな工夫を施し,細胞上の受容体であるFrizzled8(Fz8)の断片を大量に同時発現することで安定なWnt3-Fz8が得られることを発見した。
さらに,今まで知られていなかったWnt3中の疎水性領域を意図的に欠失させることで水溶性で安定なWnt3-Fz8複合体を得てこれを結晶化し,大規模放射光施設SPring-8の蛋白質研究所ビームライン(BL44XU)における回折実験を経て,その原子分解能(2.9Å)での構造決定に成功した。
研究グループは,今回明らかになったWnt3-Fz8複合体の構造から,Wntタンパク質が分子内に備えているさまざまな「しかけ」が明らかになり,また,Wntの幹細胞に増殖シグナルを伝えるメカニズムの解明が進んだことは,再生医療研究を加速するものとしている。