東京大学,物質・材料研究機構,名古屋大学の研究グループは,誘電体であるチタン酸バリウム(BaTiO3)結晶の上に原子レベルで制御したニッケル(Ni)と銅(Cu)を交互に積層した磁性多層膜において,電圧により磁化の向きやすさ(磁気異方性)を操作できるメカニズムを動作中(オペランド)X線磁気円二色性(XMCD)分光と第一原理計算を用いて解明した(ニュースリリース)。
物質をひずませるとスピンの大きさが変わることは磁歪効果,磁気弾性効果として知られている。ひずみによる変化を可逆的に操作できることは,磁性体と誘電体を組み合わせたマルチフェロイクス物質として有用だが,ひずみ印加に対する電子論的なスピンと軌道の理解については今まで明確ではなかった。
今回,研究チームは,電子軌道が作る磁気モーメントを調べられるXMCDに着目し,ひずみの有無の各状態にてXMCDのオペランド計測を行なうことに成功した。
方位に依存したNiの軌道角運動量(もしくは軌道磁気モーメント)の分布を電圧印加時のXMCDにて調べ,ひずみによる軌道磁気モーメントの変化を捉えた。誘電体BaTiO3には電圧により2%もの大きな格子ひずみを印加でき,このひずみの伝播によりNiの化学結合状態が変わり,磁気モーメントの変化として現れていることが,オペランドXMCDのみでなく第一原理計算によっても明らかになった。
ひずみと磁化の間は磁気弾性効果として現象論的なマクロな性質として定式化されているが,電子論的なミクロな議論により,軌道磁気モーメントのひずみ依存性を明確にし,軌道磁気モーメントの変化が磁気異方性の変調を説明できることがわかったという。研究グループはこれを「軌道弾性効果」と名付けた。
研究グループは,これは,オペランドXMCD分光によって初めてわかることで,固体物理学や磁性の教科書に付け加えられうる基礎事項となり,また,薄膜に垂直方向に磁化が向いた方が安定となる垂直磁気異方性の操作に関する起源に迫るもので,今後のスピンオービトロニクスデバイス設計に向けた界面の電子状態の理解に指針を与えるものとなるとしている。
なお,オペランドXMCD測定は,東京大学が高エネルギー加速器研究機構放射光施設(KEK-PF)内のビームライン(BL-7A)にて立ち上げたシステムを用いて行なわれた。試料に電極を設置し,電圧印加時に放射光をあててXMCD分光を実施した。電圧のオン・オフにおけるスペクトルの変化を捉え,スピンと軌道磁気モーメントの変化を調べた。この結果は第一原理計算とも合致し,軌道モーメントの変化をひずみの関数として定式化した。