北海道大学の研究グループは,少数の分子からなる分子クラスター(ベンゼンクラスター)が,超高速な分子デバイス(スイッチング素子)として作用することを理論的に予測した(ニュースリリース)。
電子材料の高機能化は電子機器の省エネ化や高性能化のために重要。その一つの方法として,分子間の相互作用を巧みに制御することで,分子の会合状態をコントロールする手法がある。パイ・スタッキング(積み重ね)相互作用とは,有機分子の芳香環の間に働く分散力であり,スタッキングの構造によって,電導性などの物性を変えることができる。
パイ・スタッキング相互作用の例として,電荷移動錯体,励起状態錯体,カチオンダイマーなどが知られており,これらの錯体は,たとえば太陽電池が光を受けた初期の状態で重要な役割を担う。
ベンゼン分子は,パイ・スタッキングをする最も基本的な分子。この分子が少数集まったものがベンゼンクラスターとなる。これまで,ベンゼンクラスターが光を受けてイオン化した場合や,電気伝導で重要な役割をするホールを受け取った場合に,どのようなメカニズムで,どれくらい速くパイ・スタッキングするかは未解明だった。
パイ・スタッキングのメカニズムをうまく電子材料に応用するためには,これらの情報が欠かせない。そこで研究では,ベンゼンクラスターのイオン化(ホール捕捉)後,パイ・スタッキングへ至る時間を理論計算により決定し,そのメカニズムを解明した。
研究では量子化学と分子動力学を融合させた新たな計算法であるダイレクト・アブイニシオ分子動力学(AIMD)法を開発し,ベンゼンクラスターのイオン化(ホール捕捉)後のエネルギーと構造変化をフェムト秒単位で追尾した。
ベンゼンクラスターが,光を受けてイオン化後のパイ・スタッキングへ至る反応時間は,ベンゼン2量体及び3量体の場合,950及び1000フェムト秒と計算された。これらの時間は,分子デバイスとして使える十分な速さを示すもの。また,従来の単一分子デバイスは大気中の水や酸素に弱い欠点を持るが,クラスターの場合,水分子の存在により,パイ・スタッキングの反応が逆に加速することを発見した。
クラスター分子デバイスの場合,容易にクラスターのサイズ(個数)を変えることができる。また,ベンゼンをチオフェンなどの他の分子へ置き換えることもできるほか,それらを混ぜた分子の組み合わせへの応用できるかもしれないとする。この研究により,クラスター分子デバイスという新たな分野の開拓とともに,新しい機能を持つ電子材料の開発が期待されるとしている。