京都大学は,韓国の嶺南大学,米国のコロラド鉱山大学,日本原子力研究開発機構らと共同で「その場中性子回折」によって鉄鋼材料の高温加工熱処理プロセスの直接解析に成功した(ニュースリリース)。
500℃~1000℃のような高温での加工と熱処理を組み合わせた「加工熱処理」は,1000年以上前から鉄鋼材料製造に適用されている製造プロセス。しかし,高温度域での加工熱処理中にどのようにミクロ組織が形成されるかを直接観察することは困難であるため,現行の加工熱処理は依然として経験的な側面に大きく依存している。
そこで研究グループは,加工熱処理中のミクロ組織の形成過程を研究するため,中性子回折に注目し,大強度陽子加速器施設・物質生命科学実験施設(J-PARC MLF)のビームライン19(匠)に,実際の鉄鋼材料製造プロセスを模擬した加工熱処理中のその場中性子回折実験が可能な高温加工熱処理シミュレーターを導入した。
中性子はX線のようにブラッグ回折現象を起こし,かつプラスやマイナスの電荷を持たないために,X線にくらべて透過能が大きいという特長がある。そのため,数センチメートル以上の比較的大きな試験片(バルク試験片)の内部情報を精度よく検知することが可能という。
今回,研究グループは「動的フェライト変態」を研究対象にした。動的フェライト変態は,母相オーステナイトの加工中に生じる相変態であり,動的フェライト変態を含む加工熱処理によって結晶粒径が1マイクラメートル以下の超微細粒ミクロ組織が得られることがわかっている。
加工熱処理中に得られたその場中性子回折プラファイルでは,動的フェライト変態が母相オーステナイト中の加工中に生じていることを実証した。また得られた中性子回折ピークを解析したところ,動的フェライト変態は拡散型変態であることが明確になった。
さらに,加工熱処理中の母相オーステナイトの格子欠陥密度(転位密度)変化の定量評価に成功した。通常,母相オーステナイトは室温への冷却中にフェライトもしくはマルテンサイトに変態して消失してしまうため,バルク材において高温度域でのオーステナイトの加工状態を直接評価することはほぼ不可能だった。しかし,その場中性子回折実験用加工熱処理シミュレーターは,高温状態での加工状態を直接評価することができた。
今回の研究の結果から,動的フェライト変態を含む加工熱処理によって得られる超微細粒ミクロ組織は,動的再結晶という現象によって生じていることが明らかとなった。研究グループは,この成果は,今後の鉄鋼材料製造における加工熱処理プロセスを理論的な観点から大きく飛躍させる可能性を有しており,鉄鋼産業などの産業界に大きな波及効果をおよぼすものとしている。