京都工芸繊維大学は,大阪大学の協力を得て,荷電粒子トラップ(ペニングトラップ)にイオン群を閉じ込める際に生じるイオン漏洩現象の物理機構とその詳細を世界で初めて明らかにし,その漏洩の抑制方法を示した(ニュースリリース)。
ペニングトラップは,荷電粒子を局所的に効率よく閉じ込める技術として多くの研究で使用され,近年では次世代の科学技術に必要不可欠な量子コンピュータや反物資,日本人の死亡原因1位であるがん治療用ビームなどの実験で使用されている。ペニングトラップでは,荷電粒子を閉じ込めるために2つのポテンシャル障壁が使用される。
それら2つのうち,片側のポテンシャル障壁を開閉することで荷電粒子をポテンシャル障壁間にトラップすることができる。イオン群をトラップするために片側の(上流側)ポテンシャル障壁を開閉する際に,もう一方の開閉していない(下流側)ポテンシャル障壁から一部のイオンが漏洩する。
これまでの研究で,イオン群がポテンシャル障壁の変化によりエネルギーを受け取ることが実験的かつ数値シミュレーションで明らかにされていた。今回研究グループは,上流側ポテンシャル障壁の立ち上がり時間を徐々に長くし,イオン群の軸方向エネルギー分布およびイオンの漏洩量を,蛍光盤付きマイクロチャンネルプレートと積分回路を用いて測定した。
測定結果から,イオン群が受け取るエネルギーやイオンの漏洩量は,上流側ポテンシャル障壁の立ち上がり時間が長くなるほど,減少することが明らかになった。
荷電粒子トラップに残されたイオン群は軸方向に≃14kHzで静電振動し,その静電振動と共鳴した一部のイオンがペニングトラップから断続的に漏洩することがこれまでの研究グループの論文で示されている。このとき,そのイオン群の静電振動の振動数は,ペニングトラップの電位形状に依存する。
そこで今回研究グループは,その静電振動数と間欠的にトラップから漏洩してくるイオン群の時間周期を,ペニングトラップの電位形状を変えながら電流アンプ等を用いて測定した。その結果,静電振動数の値と漏洩時間周期は一致したという。
さらに,この間欠的漏洩は,上流側ポテンシャル障壁の立ち上がり時間を十分長くすることで,回避できることも明らかにした。また,静電振動を急速に減衰させるためには,ポテンシャル障壁を非対称にすればよいことも分かった。研究グループは,今回の研究により,荷電粒子トラップを用いる反物質生成実験や,量子コンピューター,がん治療用ビームなど,多くの研究分野で同様に生じる可能性があるこの漏洩現象を回避できるとしている。