静岡大学は,日本電信電話(NTT),北海道大学らと共同で,電力供給なしにトランジスタの電流を増幅させることに成功した(ニュースリリース)。
現在の情報化社会を基盤から支えるコンピュータの高性能化は,その構成部品であるトランジスタの電流をいかに少ない電力で増大させるかに依っている。しかしこれまでの増幅法では,電力供給が不可欠であり,供給された電力が発熱の原因となるため,コンピュータの性能向上を阻害する本質的な問題となっていた。
今回研究グループは,アスピレーター(入口と出口の他にもう一つの吸込み口を持つT字菅)の原理をトランジスタに応用し,8K(-265.15℃)の温度において,付加的な電力を供給することなくトランジスタの入力電流を増幅させることに成功した。またこれを利用したデバイス「エレクトロン・アスピレーター」を作製し,電流増幅を実証した。
具体的には,トランジスタの出力端子の横に,電流導入用の端子を付加した構造をシリコン基板上に作製し,同構造を用いて,出力端子と電流導入端子をともに接地した状態で出力端子の電流を計測した。電子を入射させるための入力端子の電位が小さいときには,入射電子は通常見られるように出力端子と付加端子に分岐して流れたのに対し,電位を大きくすると電子が逆流をはじめ,結果として出力端子の電流増幅が観測されたという。
通常,物質中の電子は,電位の高い場所から低い場所へと移動するため,電位の等しい端子間では電子の流れは生じず,したがって電流も流れない。しかし,電子同士の衝突頻度が非常に高い特別な場合には,電子は水などの流体のように振る舞い,近くに強い流れがあると,その流れに沿った新たな流れを生じさせる。
このような電子の振る舞いは電子流体と呼ばれるが,これまでは,ヒ化ガリウム(GaAs)などの一部の物質で,マイクロメートル以上の大きなスケールでしか観測できていなかった。
今回の結果は,通常であれば電子の流れの中で熱として消費されてしまうエネルギーを用いて,新たな電子の流れを作り出せることを実験的に示したものであり,これにより,これまで困難と考えられていた電流増幅に伴う発熱の抑制も可能となった。
研究グループは,今回の研究が従来の増幅法と異なり,電流増幅のための電力供給を必要としないため,新たな低消費電力デバイスの開発につながるものと期待されるとしている。