大阪大学と産業技術総合研究所は,ナノサイズの磁石の磁極の向きを熱によって高速・高効率に制御することに成功した(ニュースリリース)。
近年のIoTやAIの急速な発展に伴い,情報通信機器の低消費電力化が急務となっている。課題を解決する手段として,スピントロニクスが注目されており,磁石の磁極を利用した不揮発性メモリーである磁気ランダムアクセスメモリー(MRAM)の開発が精力的に進められている。
これまでは素子にスピン注入を行なうことで情報を書き込む方式のMRAMの開発が進められてきたが,書き込みを高速にすると書き込み電流が急激に増大するという問題があった。研究グループは素子に電圧を印加して磁石の磁気異方性を変えることでスピン注入書き込みよりも小さなエネルギーで情報の書き込みができることを報告してきたが,この方式を実用化させるためには,磁気異方性変化の大きさの増大が求められている。
研究では絶縁体を二層用いたMTJ(情報を記憶する素子を磁気トンネル接合)構造を用いて,ジュール熱による巨大な磁気異方性変化を得ることに成功した。通常のMTJ構造では,金属磁石|絶縁体|金属磁石の三層構造だが,金属磁石の両面を絶縁体で囲んだ。このことによって,金属磁石と絶縁体の間に生じる巨大な界面熱抵抗が熱の拡散を抑制し,MTJに電流が流れた時のジュール熱による金属磁石の温度上昇が促進される。
金属磁石の温度が上昇すると,磁気異方性が変化するため磁極の方向を変えることができる。MTJに印加した電圧に対する金属磁石の磁気異方性を測定すると,電圧に対して二次関数型の依存性を示すことが分かった。ジュール熱の大きさは電圧の二乗に比例するため,この結果はジュール熱による温度上昇が磁気異方性を変化させていることを示している。
この時得られた熱による磁気異方性変化の最大値は300fJ/Vmであることが分かった。この大きさは電圧による磁気異方性変化の最大値に匹敵し,今後さらなる熱拡散の抑制により一層大きくなることが期待される。
さらに研究グループは,このような大きな磁気異方性変化を利用することで,MTJを用いてマイクロ波が増幅される新たな現象を発見した。直流電流を印加したMTJにマイクロ波を印加した結果,入力マイクロ波よりも大きな反射マイクロ波が得られた。マイクロ波パワー反射率の周波数と外部磁場に対する依存性を見ると,外部磁場50mTおよびマイクロ波周波数0.4GHzにおいてマイクロ波パワー反射率1.6程度が得られることが分かった。この結果はマイクロ波電力が入力マイクロ波に対して60%程度増幅されたことに相当する。
今後はジュール熱による磁気異方性変化を利用して,磁性体を用いた低消費電力人工知能の実現や,磁性体を用いた検波素子や発振素子などのマイクロ波素子の高性能化を図っていくとしている。