九州大学と理化学研究所(理研)の研究グループは,ナノ多孔性材料を室温で高核偏極化することに世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
原子が持つ微小な磁石である核スピンの振る舞いを電磁波の吸収・放出から観測することで,分子の構造や運動性を非破壊的に分析することができる。この技術は,化学の分野では核磁気共鳴分光法,医療の現場では磁気共鳴画像法(MRI)として欠かせないツールとなっている。しかし,これらの感度は他の分析法と比較すると非常に低く,例えばMRIでは主に生体内に膨大に存在する水分子の¹H核の画像化に限定されている。
感度が低い原因は核スピンの低い偏極率だが,その偏極率を向上させる技術が動的核偏極(Dynamic Nuclear Polarization; DNP)法である。中でも,特定の分子(偏極源)を光励起し,三重項電子に出現する大きな偏極を核の偏極へと移行するTriplet-DNP法は,核スピンの偏極率を室温で大幅に向上できるため近年注目を集めている。
しかし従来のTriplet-DNP法は,高感度化したい生体分子を取り込むことが難しい有機結晶,もしくは室温で偏極を蓄積することが難しいガラス中でのみ行なわれており,高感度MRIへの応用は制限されていた。
研究グループは,室温における生体分子の高感度MRI観測に繋がるナノ多孔性材料の核偏極化を行なった。多孔性材料として近年注目を集める多孔性金属錯体(MOF)を用い,Triplet-DNPによってMOF骨格の¹H核を室温で高偏極化することに成功した。
偏極が保たれる時間を長くするため部分的に重水素化を施したMOFに新たに設計した偏極源を導入し,得られた複合体に対して光照射による電子スピンの偏極の生成とマイクロ波照射による¹H核への偏極移行を行なった。このTriplet-DNP処理後に複合体のNMR信号強度に明確な増強が見られ,MOF骨格の¹H核が約50倍高偏極化されたことが確認された。
MOFは構成分子や金属イオンの種類によって容易に細孔サイズや表面特性を制御可能であるため,研究で初めて実証されたTriplet-DNPによるMOFの高偏極化は,今後様々な生体分子を細孔内で高偏極化し,高感度MRI観測を可能にするシステムの開拓へと繋がることが期待されるとしている。