自然科学研究機構生理学研究所(生理研)の研究グループは,生後の視覚体験を操作したラットを対象に,大脳皮質一次視覚野の複数の神経細胞から視覚反応を記録し,その発達過程を詳細に調べた(ニュースリリース)。
外界の物を認知・識別する能力は,生後の発達期にさまざまな視覚体験を経ることで向上する。大脳皮質の一次視覚野は,表層から深部にかけて6つの層から構成されており,視覚情報はこの領域に存在する多くの神経細胞が協調的に活動することで処理された後,さまざまな高次脳領域へと伝えられる。
同期的な神経活動パターンの発達メカニズムを明らかにすることは,物をみる能力がどのようにして向上するか理解する上で非常に重要となるが,複数の神経細胞の活動パターンがどう発達するのかといった過程や,その発達に具体的にどのような生後の視覚体験が必要なのかについては,これまで全く明らかにされていなかった。
研究では,正常な視覚体験を経たラットを用い,一次視覚野の浅い層と深い層にある複数のニューロンの神経活動を計測した。その結果,同期活動の特性は層によって異なり,浅い層の細胞ペアは深い層に比べ,似た視覚反応性を示す神経細胞のペアがより強く同期活動を示した。
次に,同期活動の発達過程を明らかにするため,開眼直後の未熟なラットにおいても調べたところ,どの層の神経細胞のペアも視覚刺激によって同期活動を生じなかった。つまり,同期的な神経活動は生まれながらにして備わっている機能ではなく,開眼後に形成されることがわかった。
さらに,暗闇で物を見せずに飼育した場合や,両瞼を閉じ光による明暗の情報のみを与えて発達期を生育したラットを用いて同様の解析を行なったところ,一次視覚野の浅い層では神経細胞の同期活動の形成が著しく阻害されていることがわかった。一方深い層では,正常な環境で育ったラットと同様,神経細胞の活動の同期がみられた。
研究結果は,大脳皮質視覚野の情報処理機能が成熟する過程には,経験や学習に依存した機構と経験に依存しない自律的な機構があることを示している。人工知能に用いられているディープラーニング(深層学習法)の考え方は,もともと神経回路から着想を得て作られている。神経回路での学習過程の一端が明らかになったことで,より効率的な人工知能の開発にも貢献することが期待されるとしている。