農工大,光パルス整形でイメージング検出濃度限界を打破

東京農工大学の研究グループは,コヒーレントラマン顕微鏡に独自の光波形整形技術を導入することにより,検出限界濃度を従来の1/50に下げる新技術を開発した(ニュースリリース)。

小さな分子からなる化学物質(低分子化合物)における観察する手段として「蛍光標識」が一般的によく使われている。しかし,蛍光分子自体が大きな分子量を持つために,低分子化合物本来のふるまいを変えてしまう問題があった。

標識を使わない「コヒーレントラマン顕微鏡」を利用すれば,レーザービームを測定試料の中で走査するだけで薬剤の濃度分布を撮影できる顕微鏡が実現できる。研究グループでは,この顕微鏡の実用化に向けて技術開発を進めてきたが,ラマン散乱を検出する従来の顕微鏡では,非染色であるがゆえに,生体組織に多く含まれる脂質や水などの分子の振動によるラマン散乱光も一緒に背景光として検出されるという問題があった。

研究グループは,小分子薬剤と,生体組織に多く含まれる水や脂肪等の成分との間で分子振動の持続時間に違いがあることに注目。コヒーレントラマン顕微鏡では,超短パルス光で分子振動を開始させてから,検出のためのパルス光を照射してラマン散乱信号を取得する。ここで,振動を開始した直後に検出パルス光を当てると,組織自体に多く含まれる水分子や脂肪分子が強く振動するため,その背景光によって薬剤の信号が埋もれてしまう。

一方,500フェムト秒以降の領域では,組織自体の分子振動が減衰して背景光は小さくなるのに対し,薬剤分子の振動の中には比較的長く続くものも有る。この性質を利用すると,薬剤分子の振動が消える前に,急峻に光強度が立ち上がる検出パルスを当てることで背景光だけを除去できる。ただし,単に検出パルスの時間幅を短くしてしまうと,近い周期で振動する分子同士を識別する分解能が低下する問題が出てくる。

そこで研究グループは,光強度が急峻に立ち上がり,その後緩やかに減少する「非対称な時間波形」に整形された検出光パルスを使うことで,振動開始直後の背景光を回避しながら薬剤の信号を高コントラストかつ高い分解能で取得する技術を開発した。この光波形整形は,検出パルスが光学フィルタ素子を通過するときに起こる非対称な時間広がりの効果を応用することで実現した。

この手法により,コヒーレントラマン顕微鏡における検出可能な分子の濃度を従来の1/50に下げることに成功した。また,脂肪組織に小分子薬剤を塗布して撮影したイメージング実証実験では,組織自体に由来する背景光が抑制され,細胞の周囲に浸透した薬剤分布を高いコントラストで撮影できることが確認された。このイメージング技術は,生命科学分野をはじめとする学術研究分野,医薬品や化粧品の開発等の産業分野に広く貢献することが期待されるとしている。

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