パナソニックは5月25日,同社のロボットティクスに関する取組みについて会見を行ない,開発を進める「ダム水中点検ロボットシステム」を公開した。
高度成長期に整備されたインフラの老朽化が進んでいることから,その点検やリニューアル需要を狙ったビジネスが模索されている。橋梁やトンネル,道路などの点検を行なうロボットの研究は見られるが,パナソニックはまだほとんど手つかずであったダムの維持管理に目を付けた。
同社によれば,建設後50年以上を経過する国内のダムの割合は2012年に59%だったのが,2032年には80%になるという。ダムの保全は壁面を目視で確認することが大切だが,ダムの堤体部分の殆どは常時水中にあり,壁面全体を俯瞰することは難しい。
通常,ダムの点検は潜水士による人力での作業が行なわれるが,この作業は非常に効率が悪く危険も伴う。人間は潜る深度が深くなるほど酸素の消費量が増えるうえ,浮上の際には途中で減圧を行なって潜水病(減圧症)を防ぐ必要がある。ダム湖が深くなるほど潜水1回当たりの作業時間は短くなり,効率は落ちる。また,水中は浮遊物が多いため視界が悪く,さらに,深くなるほど太陽光が届かない暗所での作業となる。同社では40 mの深さがあるダムを検査する場合,7名の潜水士を使って1日で作業をしたとしても,その費用は約1,600万円になると計算している。
今回発表した試作機は,550×550×680 mmのフレーム内にバッテリー,カメラ,照明,推進装置(スラスター),センサーを配置したもので,ボートで現場水面まで運び,船上から操作をする。船にはロボットの操縦者の他,ボートの操船者,治具を用いてロボットを水中に投入する係り,ロボットとボートを結ぶケーブル(非常時の引き揚用ロープと操縦用映像伝送ラインのペアケーブル)を捌く係りの最大4名でオペレーションができる。ロボットはバッテリー駆動により,一回につき最大2時間の調査を行なうことができるという。最大深度は200 m。
操作は自律制御と手動による両方が可能で,状況により適宜使い分ける。自律制御用のセンサーには,姿勢制御の3軸センサー,深度維持の深度計,水平維持の9軸センサー,壁面からの距離と方向を維持するソナーを搭載しており,これらの情報を統合し,スラスターを適切に動作させることで壁面に沿って安定した平行移動を実現した。
具体的には壁面から1 mの距離を保ちながら,30 cm/sの速度で調査することを想定しており,ダムの規模にもよるというが,数日で全体の俯瞰図を作製できるという。
カメラの解像度は4Kで,このうち2Kを切り出して使う。0.2 mm程度の幅のキズを見つけることができるというが,これには2Kで十分だとする。撮影した映像は本体内のメモリーに保存し,調査後に解析を行なう。
照明には専用に開発したLEDユニットを用いる。カメラの撮影範囲は1.1×1.6 mの矩形だが,十分な照度を得るために2つのLED照明を使うとどうしても照度ムラができる。これを解消するために同社は,照明器具の開発で培ったレンズ設計技術を用い,均一な照明が可能なLEDユニットを開発した。明るさは最大450 lxで,モニター越しには照射を感じさせない広角均一照明を実現している。
画像処理には同社の監視カメラ技術を用いた。もやのかかったような画像の鮮明化には,吹雪の中を走行する車の監視などに使う降雪除去技術を用いた。また,浮遊物の除去には,同様に雨の中での監視に用いる水滴除去技術を適用。水中でも細かな損傷個所を確実に捉える。
得られた膨大な画像から,自動的に損傷個所を抽出する技術も開発した。これはテレビパネルの検査技術を応用している。またソナーも同社の自動車向け製品を応用するなど,パナソニックの技術を統合したロボットとなっている。
ダムの長期的な保全のためには,このようにして得られたデータをもとに経時的な観察を行なう必要がある。それにはGPSの使えない水中で,繰り返し同じ個所で撮影を行なう自己位置推定が重要な技術となるが,同社では深度センサーと画像処理を使ってロボットの位置を把握する技術を今回開発した。ダムの壁面にある目地などを目印として移動量を推定し,誤差1 m以内の精度を確立したとしている。また,こうした情報を統合するデータ管理システムも提供する。
同社ではこの他にもドローンを用いた橋梁点検ビジネスへの参入を表明しているほか,同じくドローンと飛行船を組み合わせた,スポーツ,イベント用の空中演出用ロボットを試作するなど,新たなロボットビジネスへの参入を加速させている。
同社はこれまでもロボット事業において,産業や介護・医療分野などに製品化の実績があるが,売上的にはまだ「数字として申し上げるレベルでは無い」(同社広報)という。
しかし,日本社会が高齢化し労働不足問題が顕在化する現在において,同社は第一次および第三次産業でロボット市場が大きく成長していることに注目しており,今後,デバイス技術にICT/IoT技術を融合させ,様々な分野に展開していくとしている。◇
(月刊OPTRONICS 2016年8月号掲載)