見えて来た巨大市場 ─非侵襲血糖値センサーの開発

国際糖尿病連合(IDF)によれば,日本国内には721万人の糖尿病患者がおり,世界では3億8,670万人を数えるという。これは世界の成人人口の8.3%を占める値だ。今後,患者数はさらに増えると予測されており,2035年には世界で5億9190万人,同9.9%と,10人に1人は糖尿病という時代が訪れようとしている。

高血糖の状態が続くと様々な合併症のリスクが高まるため,糖尿病患者は日々の血糖値管理が重要になる。現在のところ血糖値の計測には採血の必要があり,痛みによるQOLの低下だけでなく,年間20万円程度かかる穿刺針やセンサーチップなどの消耗品費,これらを感染性廃棄物として処理する手間など患者の負担は大きく,その解決が喫緊の課題となっている。

開発した非侵襲血糖値センサー
開発した非侵襲血糖値センサー

これに対し,非侵襲で血糖値を計測する様々な技術,特に光を用いる方法が多く検討されてきた。これらに共通するのは血液中のグルコースの吸収を利用するものだが,比較的光源の入手が容易な可視〜近赤外光はグルコース以外の脂質やタンパク質にも吸収があるためノイズ分離が難しかったり,グルコースによる吸収が大きい中赤外光は十分な輝度のある光源が無かったりしたため,いずれも実用化には至っていなかった。

そこで,日本原子力研究開発機構の山川考一氏らの研究グループは,小型の中赤外レーザーを開発し,手のひらサイズを実現した非侵襲血糖値センサーの試作に成功した。これにより血糖値の測定に採血が不要になるだけでなく,付随する消耗品なども要らなくなるため,患者の肉体的・経済的負担が大きく軽減されるとしている。

マイクロチップYb:YAGレーザー
マイクロチップYb:YAGレーザー

開発したレーザーはマイクロチップYb:YAGレーザー。それまでの研究ではNd:YAGレーザーを使っていたが,非常に大型であるほか,フラッシュランプ励起のため安定性が悪い,繰り返し数が10 Hzしかないため1データの測定に30秒ほどかかるといった問題があった。

マイクロチップYb:YAGレーザーは受動Qスイッチ方式を採用しているため,スイッチングのための大がかりな変調素子や電気回路が不要で,共振器長を極端に短く出来ると共に構成がシンプルなため,大幅な小型化が可能になった。

波長は1030 nm(出力は非公表),半導体レーザー励起により長寿命・高安定化を実現している。また高繰り返し数100 Hzを実現したことで,1データの測定は約5秒に短縮できた。

光パラメトリック発振器
光パラメトリック発振器

さらに,このレーザーを光パラメトリック発振器と組み合わせて波長を中赤外光(9 ㎛)に変換すると共にレーザーのパワーも増幅し,最終的には従来の黒体放射による中赤外光源と比べて10億倍ものピークパワーを得ることに成功している。この時の出力は数キロワットレベルに達するが,ごく短い時間なので人体に照射しても痛くも痒くも感じないという。