高輝度光科学研究センター(JASRI),群馬大学,立命館大学,京都大学の研究グループは,米ノースイースタン大学,ベルギー アントワープ大学,ポーランド AGH科学技術大学の理論研究グループと共同で,大型放射光施設SPring-8の高輝度・高エネルギーの放射光X線を利用した実験と理論計算の併用により,蓄電池の性能を決める電子軌道の可視化に成功した(ニュースリリース)。
リチウムイオン電池では,リチウムの伝導電子が正極材料物質に移動することで,電流が発生する。正極材料物質が電子を受け取ったときに,その電子が収まる電子軌道を酸化・還元軌道と呼んでいる。酸化・還元軌道は電位や電池容量などの電池性能を決める重要な因子として知られているが,実験上の難しさにより,その状態は明らかにされていなかった。
研究グループは,100keV以上の高エネルギーX線を用いたコンプトン散乱法により,安全かつ高性能な蓄電池極材として知られるオリビン型リン酸鉄リチウムを測定し,高信頼度の理論計算と連携することにより,オリビン型リン酸鉄リチウムの多結晶体試料から酸化・還元軌道の可視化に成功した。
その結果,酸化・還元軌道は正極材料物質の結晶歪みの具合によって大きく変化するだけでなく,酸化・還元軌道の状態変化は重要な電池性能のひとつである電位の変化に比例していることがわかった。すなわち,この知見を応用することで,高エネルギーX線を利用したコンプトン散乱法により電位シフトを計測できる。
コンプトン散乱法は,高い物質透過能を有する高エネルギーX線を用いているため,非破壊でリチウムイオン電池の内部を観察することができる。
従来のコンプトン散乱法ではリチウムイオン濃度分布を測定する方法として使われてきたが,この研究により,さらに一歩進んで,酸化還元軌道の電子状態分布や局所電位シフト分布の測定が可能になり,より根本的な視点からリチウムイオン電池の動作原理の理解が進み,リチウムイオン二次電池の高性能化に貢献することが期待されるとしている。