国立遺伝学研究所(NIG)は,米ウッズホール海洋生物学研究所,理化学研究所らと共同で,微分干渉顕微鏡を用いてヘテロクロマチンなどの細胞内構造の密度を,生きた細胞のなかで観察することに成功した(ニュースリリース)。
真核生物の細胞核の中には「ヘテロクロマチン」と呼ばれる転写不活性で凝集したクロマチンが存在する。細胞核内のDNAを特異的染色によって調べると,このヘテロクロマチン領域は周囲の脱凝集領域(ユークロマチン)の5.5倍から7.5倍もDNAが濃縮されていることがわかる。これまで、ヘテロクロマチンはこのような高度な凝集によって転写因子等のアクセスを阻害し,転写不活化していると考えられてきた。
しかし今回,MBLのShribakによって開発された,観察対象の屈折率および質量濃度を定量的にマッピングする微分干渉顕微鏡Orientation Independent DIC (OI-DIC)を用いて,生細胞核内の各クロマチン領域の絶対密度定量を行なったところ,ヘテロクロマチンの密度(208mg/mL)はユークロマチン(136mg/mL)のわずか1.53倍であることが明らかになった。
定量解析の結果,各クロマチン領域における最大の構成成分はDNA(ヌクレオソーム)ではなく,タンパク質やRNAといったヌクレオソーム以外の成分(~120mg/mL)であることが分かった。更に遺伝研スパコンを用いたモンテカルロシミュレーションの結果から,このヌクレオソーム以外の構成成分がヘテロクロマチンの穏やかなアクセス阻害(moderate access barrier)を産み出していることが示唆された。
これらの成果により,生きた細胞のクロマチン環境を理解するためには,従来クロマチンの主な構成成分と思われていたヌクレオソームだけでなく,それ以外の成分にも着目する必要性が明らかになった。また今回定量した密度値は今後の細胞内クロマチン環境の細胞生物学的・生物物理学的研究にとって重要な基礎データになるとしている。