名古屋大学と高輝度光科学研究センターは,大型放射光施設 SPring-8におけるX線回折実験による分子性結晶の分子軌道分布を可視化して定量分析する方法を確立し,分子科学研究所及び東京工業大学の研究グループとともに40年間解けなかった擬一次元性分子性結晶中の実空間における電子状態の直接観測に成功した(ニュースリリース)。
昨今,機能性物質における分子性結晶の躍進は目覚ましく,有機ELディスプレーなど多くの分子性物質による実用的な製品開発が行なわれている。これらの分子の機能は,分子軌道と呼ばれる空間的な電子の雲状の分布によって発現する。X線回折は結晶中の原子による散乱現象を用いるため,原子配置を決定することが可能で,材料開発には欠かせまない。
更に,大型放射光施設SPring-8で得られる高強度かつ,高品質なX線回折データは,原子配置だけでなく,その原子の持つ電子の空間分布状態を観測することも原理的には可能だが,実験技術と解析手法が十分整備されておらず,分子軌道の電子状態の定量的な観測の報告は,比較的単純な限られた物質だけだった。
今回,研究グループは,SPring-8の単結晶X線回折用ビームライン(BL02B1)にて,分子軌道の直接観測の実験手法を開発し,典型的な擬1次元性分子性結晶(TMTTF)2PF6の精密構造解析を行なった。
この物質は,歴史的に初めて有機超伝導体が見つかった一連の系の中の一つで,世界中で様々な角度から研究されたにもかかわらず,電子相関による電荷秩序相と呼ばれる電子状態が40年以上不明だった。
研究グループは,コア差フーリエ合成(CDFS; Core Differential Fourier Synthesis)法による電子密度解析により,この系の分子軌道分布状態の直接観測に成功した。CDFS法は SPring-8の放射光による高分解能回折データがあれば,特殊な測定技術や解析は必要とせず,更に無機系化合物にも適用可能であり,今後より幅広い物質の詳細な電子状態を議論することが可能となるとしている。