慶應義塾大学の研究グループは,極めて質の高い磁性金属結晶を使うことで,電磁石を使わずに磁気の波(スピン波)を伝搬させることに成功し,スピン波の発生効率を400%,伝搬速度を最大で80%向上させた(ニュースリリース)。
情報処理機器の心臓部である中央演算装置(CPU)を構成する論理演算素子を動作させる電子移動方式は発熱が大きく,集積化と高速動作の限界が迫っている。一方,電子の代わりにスピン波を使えば,スピンの回転運動が伝わる『波』であるため原理的に熱を発生させずに信号を伝えることができる。そのためエネルギー効率を抜本的に改善できる省エネ動作原理に基づいた「マグノントランジスタ」が可能になると期待されている。
「マグノントランジスタ」の実現に向けてこれまでに多くの研究開発がなされてきた。演算原理は実験的に検証されたものの,スピン波(マグノン)を発生させて演算するためには素子配線に大電流を流さねばならず,総合的に考えると決してエネルギー効率の良い手段とはいえなかった。また,電磁石を必要とするため集積化が非常に困難であり,現在までミリメートルサイズの大型の素子が作られるにとどまっていた。
研究では,電磁石を使わずにスピン波で論理演算が可能であることを初めて示した。これは磁性単結晶が結晶の方向により異なった性質を示す磁気異方性を利用して,スピン波が存在する領域と存在しない領域を単結晶試料中に作り出すことにより実現した。
異方的結晶だけで論理演算が可能であることを示したこの成果は集積化への道を開くもの。さらに,極めて質の高い金属結晶であるためにスピン波の発生効率が400%向上し,伝搬速度が最大で80%も向上した。
新しいスピン波制御技術と高効率のスピン波発生,スピン波の高速伝搬の各成果によって,「マグノントランジスタ」がコンピュータをはじめとする電子機器の飛躍的な性能向上と省エネルギー化を実現する新機軸として発展することが期待されるとしている。