慶應義塾大学は,有機薄膜デバイスの構成要素であるアントラセン分子の単層結晶薄膜を室温で形成させ,光電変換過程における電荷分離の様子を明らかにすることに成功した(ニュースリリース)。
機能性有機分子薄膜による光電変換デバイス(太陽電池・発光デバイス)の光電変換効率を向上するためには,有機分子が規則正しく整列した高い結晶性をもつ薄膜を作製する必要がある。
しかし,従来の薄膜作成手法では室温で高い結晶性を確保することが難しく,光電変換効率に限界があった。また,光電変換の機構を明らかにするためには,優れた結晶性を有する薄膜について超高速の光励起過程を精密観測することが求められていた。
今回本研究グループは,アントラセン骨格を化学修飾した分子の溶液に金基板を浸すだけという極めて簡便な手法で,究極的に薄く,分子が規則的に配列した有機単層結晶薄膜を室温下で作製することに成功した。
さらに,この単層結晶薄膜における光励起過程をフェムト秒時間分解光電子分光により調べたところ,結晶薄膜中の励起子と表面上に広がった励起電子とがエネルギーを授受する現象を,世界で初めて観測することに成功した。これらの結果は,有機光電変換デバイスを高効率化するための基盤技術として利用価値が高いとしている。
現在の微細加工技術において,有機薄膜の結晶性を人工的に操作することは容易ではない。今回の研究成果において得られた,自己組織化という有機分子特有の性質を利用した単層結晶の薄膜作製の技術は,有機光電変換デバイスのみならず,有機電界効果トランジスタなども含めた,今後の有機デバイス関連のナノテクノロジーに不可欠だという。
今回の研究成果は,この基盤技術の有用性を示したと同時に,分子設計によって様々な有機単層結晶薄膜の作製と評価が可能であることを示したもの。従来の真空蒸着法により作製したアントラセン薄膜はデバイス動作環境(0~100℃)では基板表面で不安定だが,今回作製したアントラセン単層結晶は表面上に化学的に固定化されているため,0~100℃の温度領域でも十分安定。
このことは,基板上での安定性が乏しい機能性有機分子でも有機デバイスに活用できることを示すとともに,単層結晶薄膜における新たな光励起過程が解明できる道を開くものだとしている。