自然科学研究機構 生理学研究所の研究グループは,独マックスプランクのフロリダ研究所と共同で,光を照射することによって神経細胞同士の結合部位である「シナプス」の活動を操作することが可能な,「光応答性シグナル分子阻害ペプチド」を世界で初めて開発した(ニュースリリース)。
神経細胞同士の結合部位であるシナプスの大きさやシナプス内部の分子の状態が変化することによって,グルタミン酸をはじめとした様々な神経伝達物質への反応を変化させていることが分かってきた。また,このようなシナプスの変化が,記憶や学習と深い関係があることが分かってきていた。しかし,その詳しい分子メカニズムについては,未だ多くの不明な点が残されている。
今回,研究グループは,神経細胞の中に存在する全てのタンパク量の中で数パーセントを占める「CaMKII」と呼ばれるタンパク質に着目。その詳しい機能を調べるため,光を照射することで1㎛という小さな単位で操作することが可能であり,かつ秒単位でタンパク質の活性を操作することが可能な,「青色光応答性CaMKII阻害ペプチド」を遺伝子工学的に開発して培養した神経細胞に導入し,2光子励起蛍光顕微鏡を使ってシナプスを刺激した。
実験の結果,グルタミン酸によってCaMKIIを短時間で活性することが,シナプスの機能の中でも,特にシナプスが可塑的変化する上で必須であることがわかった。シナプスの可塑的変化は,記憶を形成する上で重要な機構であると考えられていることから,CaMKIIを短時間で活性化することが,記憶にとって必須な条件であることが予想されるという。
研究グループは,光応答性阻害ペプチドを導入した生きたマウスに対し,受動的回避テストという方法を使ってマウスの記憶トレーニングを行なった。つまり,CaMKIIの活性を光照射によって操作した際,マウスの記憶がどう変化するのかを詳細に観察した。
その結果、記憶トレーニング中からテスト本番までずっと光照射によってCaMKIIの活性を阻害したマウスは,「暗い部屋に入ると嫌な思いをする」という事象を記憶することができなくなった。一方,記憶トレーニングを行なった後から光照射を行った動物では,「暗い部屋に入ると嫌な思いをする」という記憶は阻害されなかった。
これらの結果からCaMKIIの活性は,記憶が形成される瞬間に必須であることが分かった。またこの実験によって,今回新しく開発した光応答性阻害ペプチドは,生きたマウスで実際に使うことができたことから,他の動物に対しても、生きたままの応用が可能であることが示された。