早稲田バイオサイエンスシンガポール研究所(WABIOS)は,イタリア技術研究所,シンガポール国立大学と共同で,細胞内に取り込まれたナノ粒子に光を当てることで,骨格筋の収縮をワイヤレスに誘導する新手法を開発した。さらにこの反応は,生理的な収縮では必須となる細胞内カルシウムイオン濃度の上昇が起こらない,新しい収縮過程であることがわかった(ニュースリリース)。
再生医療や組織工学の分野では,さまざまな目的にあわせ,筋肉の細胞を刺激したり,筋肉の収縮を誘導したりするための方法が開発されてきた。多くは電気刺激によるものだが,与える電場が不均一になる,電極での電気分解で生じるイオンによる細胞毒性といった課題も残されている。そのため,電気刺激以外の手法を開発・検討することが望まれていた。
これまでにSABIOSでは,光学顕微鏡の下で水に良く吸収されるレーザー光を集光して,局所的な温度勾配を形成することで,心筋細胞を熱で収縮させられることを示していた。そこで,「熱」刺激が,筋肉の収縮を誘導する新たな方法になる可能性が考えられた。
今回の研究では,金ナノシェルというシリカ(二酸化ケイ素 SiO2)の核が,10nmほどの薄い金で包まれた直径が約120nmのナノ粒子を使用した。金ナノシェルを取り込んだ細胞に特定の波長の近赤外光(約800nm)を照射すると,プラズモン効果により熱が生じ,収縮する力を出すタンパク質のスイッチをONにして,筋肉の収縮を誘導する。
この手法により,金ナノシェルのある細胞だけをワイヤレスに,選択的かつ同時に刺激することが可能になる。またこの波長の近赤外光は体液に吸収されにくいことから、生体の奥の細胞を刺激することも可能になると見込まれる。
今回の研究は,多くの細胞を同時に刺激することが求められる組織工学,再生医療や生体工学分野の実験系への広い応用が期待されるとしている。