東北大学,京都大学,広島大学,独ハイデルベルグ大学,産業技術総合研究所,理化学研究所等による合同研究チームは,日本初の短波長自由電子レーザー装置である,SCSS試験加速器から供給される強力な極紫外光パルスをネオン原子の集団に照射すると,多くの電子が数珠つなぎで飛び出してくる新しい現象を発見した(ニュースリリース)。
強力な極紫外光パルスを物質に照射すると,これまでにない特異な状態を生成することができる。特に,物質のイオン化エネルギーよりもわずかに低い光子エネルギー(1つの光子当たりのエネルギー)を持つ極紫外光パルスを用いると,物質内の多くの電子を同時に励起することができる。
このような多重励起状態は電子を放出しながら安定な状態へと緩和すると予想されるが,詳細は知られていない。研究では,強力な極紫外光パルスを希ガスのネオン原子が多数集まったクラスターと呼ばれる原子集団に照射し,放出される電子の運動エネルギーを計測した。
その結果,電子スペクトルに複数の特徴的なピークを観測した。ピークを帰属した結果,近接する2つの3d励起状態原子の一方で電子が3d軌道から2p軌道に遷移して原子基底状態に戻るのではなく,3d軌道よりもわずかに低いエネルギーの3p軌道や3s軌道に遷移し,その遷移に伴う余剰エネルギーを近接する励起原子に与えてその3d軌道の電子を放出してイオンを生成する,という予想もされていなかった緩和の機構が見出された。
研究グループは新たに解明したこの機構を「リュードベリ原子間クーロン緩和」(IntraRydberg Interatomic Coulombic Decay)と名付けた。また,リュードベリ原子間クーロン緩和によって生成する3pや3s励起状態原子も更に他の励起原子と相互作用して緩和する。
このようにして様々なエネルギーをもった電子が数珠つなぎで飛び出してくる「原子間クーロン緩和カスケード」(Interatomic Coulombic Decay Cascades)もこの研究で初めて解明された。理論計算によれば,リュードベリ原子間クーロン緩和も原子間クーロン緩和カスケードも10フェムト秒から100フェムト秒のオーダーの非常に短い時間に起こる超高速過程であることを示唆した。
研究では,極紫外自由電子レーザーを用いて原子集団中の多数の原子を瞬時に励起して効率よく多重励起状態を生成したが,光子エネルギーが非常に高いX線自由電子レーザーを原子集団に照射しても,過渡的に多重励起状態が多く生成することが最近の研究からわかってきた。
放射線治療にも応用されている高エネルギーイオンやX線の照射によっても,放射線感応分子の周りに複数の励起原子が過渡的に生成されると予想されるという。従って,今回解明した低エネルギー電子を数珠つなぎで放出して多くのイオンを生成する新しい緩和過程は,放射線損傷や放射線治療にも重要な役割を果たしていると予測している。