日本電信電話(NTT)は,米イリノイ大学と共同で,超伝導磁束量子ビットを用いることによって超伝導電流における実在性の破れの実証に成功した(ニュースリリース)。
二重スリットを通過した電子は一個ずつでも干渉縞を示す。電子は分割できないので,これは電子がどちらか一方のスリットを通過したわけではなく,右のスリットと左のスリットを通る電子の重ね合わせ状態が実現していることを意味している。この時スリットの直後に電子がどちらのスリットを通ったのかが分かるような観測をすると,重ね合わせ状態だった電子の状態がどちらかの状態に確定し干渉縞は消失する。
これは日常見る巨視的世界では常識と考えられている「観測する前から状態は決まっている」という実在性が量子力学で記述される微視的世界では正しくないことを意味している。巨視的世界も量子力学に従うのであれば,巨視的世界でも実在性は破れることが期待される。研究は常識に反する巨視的世界での実在性の破れを検証することを狙った。
今回,NTTは,アルミニウム超伝導回路から成る超伝導磁束量子ビットにおいて実在性の破れの検証実験を行ない,実験誤差標準偏差の84倍の精度で超伝導磁束量子ビットの電流状態の非実在性を実証した。これによって量子力学が微視的なスケールのみならず電流状態という巨視的なスケールまで適用できることを明らかにした。
実験は超伝導磁束量子ビットを10mKの極低温に冷却して行なった。この温度領域では熱による状態励起が無いため,量子ビットを最低エネルギー状態(基底状態:-1)に用意することができる。-1状態に用意した超伝導磁束量子ビットに2回の状態操作を行なった後に量子状態を読み出した。2回の状態操作の間に観測を行なう場合と行なわない場合で結果を比較した。
まず,1回目の状態操作によって-1と+1の重ね合わせ状態を生成し実験を行なった(メイン実験)。実在性が成り立っているのであれば観測前に既に状態が決まっているので,観測の有無によらず読み出しの結果は変わらないことが期待されるが,量子重ね合わせによって実在性が破れている場合には観測によって状態が+1または-1に定まる。この重ね合わせ状態が実現し非実在性が現れるとき観測の有無による差は最も大きくなることが期待される。
次に,観測が状態を乱さないことを確認するための実験を行なった(コントロール実験)。1回目の状態操作によって-1または+1状態を用意し観測の有無で差を測る。この差が十分小さいことにより状態が観測によって変わらないことが分かる。実験の結果,メイン実験での差がコントロール実験での差を大きく超えており,電流状態という巨視的な量での実在性の破れを実証した。
今後は観測による状態の乱れを更に抑えた測定を行なっていくという。また,超伝導磁束量子ビットの電流を大きくしたり,集団の超伝導磁束量子ビットを用いることで更に巨視的なスケールでの実在性の破れの検証を目指すとしている。