慶應義塾大学の研究チームは,量子ドットを用いて感度高く細胞内温度を測定する方法を開発し,神経細胞の細胞体と呼ばれる丸い形の部分と,軸索と呼ばれる長い枝状の部分では温度差がある事を検出した(ニュースリリース)。
近年,蛍光イメージング技術を基盤とした細胞内の温度を測定する手法がいくつか考案され,細胞全体での温度変化や細胞小器官ごとの温度差などが報告されている。しかし,これらの測定法では侵襲的に温度センサーを細胞内に取り込ませなければならないという問題点や,温度センサーを化学的に合成したり高性能分光器を使用するといった制約がある。また,細胞質内の温度分布を測定し,温度分布と機能の関係を明らかにした研究報告はなかった。
そこで研究チームは,量子ドットを温度センサーとして汎用的な測定装置を用いて生細胞内の温度分布を非侵襲的に測定する方法を新規に構築した。この温度測定手法を用いて,神経細胞内の時空間的な温度分布を検出し,神経機能への影響を理解することを目ざした。
研究では,量子ドット1粒子の蛍光強度比率は温度と正の相関があることを確認し,この指標を用いて温度測定を行なうことの妥当性を示した。細胞内で時系列温度測定を行ない,神経突起には定常的な熱源である核が存在せず,過渡的に熱産生を起こすミトコンドリアが存在すること,そして細胞 体に比べて相対的に比表面積が大きいことに起因して温度変化に敏感になっており,そのことが先行研究で示唆されている加熱による突起伸長に寄与しているという仮説を立てた。
蛍光イメージングにより推定した神経突起のミトコンドリア量や,神経突起と細胞体の比表面積の違いといった事実は,この仮説を助長するものとなった。 以上のことから,細胞内の温度が突起伸長といった神経特有の機能に影響を与えている可能性を示した。
神経細胞では,その特徴的な形状と細胞の特異な役割とが密接に結びついている。この形状が原因となって生み出される細胞内部での反応・拡散速度の違い,温度の違いなどが,生理機能に結びつく事例を示していきたいとしている。また,化学物質に頼らない神経分化誘導や突起伸長などの操作技術が,神経変性疾患に対する医学面での新しい知見につながることを期待しているという。