分子研,植物より高効率で水から酸素を作る鉄錯体を開発

JST戦略的創造研究推進事業の一環として,自然科学研究機構 分子科学研究所の研究グループは,植物の光合成よりも高い効率で水から酸素を発生する鉄錯体(酸素発生触媒)の開発に成功した(ニュースリリース)。

「人工光合成技術」を実現する上で,水の分解による酸素発生反応の効率の低さが障害となっている。酸素発生反応では,水分子が酸素分子,水素イオン,電子に分解されるが,この反応は非常に起こりにくいため,この反応を手助けして酸素を効率よく発生させる高活性な触媒の開発が喫緊の課題となっている。

植物の光合成では,たんぱく質複合体である光化学系IIに存在する酸素発生錯体が高活性な酸素発生触媒として機能することが知られている。この酸素発生錯体は生体内でのみ安定な構造で,生体から取り出してそのまま酸素発生触媒として使うことは非常に困難。

そのため,人工的にデザインされた金属錯体を用いた酸素発生触媒の開発が現在までに数多く試みられてきたが,人工光合成技術の実現に必要となる,(1)天然の光合成系に匹敵する高い活性を持ち,(2)耐久性が高く,(3)安価な金属元素,の3つの条件を満たす酸素発生触媒の報告例はなかった。

研究では,高い活性と高い耐久性を持ち,かつ安価な金属元素である鉄イオンにより構築される酸素発生触媒分子の開発に成功した。

水の分解による酸素発生反応は,大きく分けて2つの反応からなる。1つ目は,4つの電子の移動を伴う反応(多電子移動反応)で,2つ目は,水分子の酸素原子が,もう1つの酸素原子と結合して酸素分子を生成する反応(結合生成反応)。つまり,高効率な酸素発生反応の達成には,多電子移動反応と結合生成反応という異なる2つの反応を,いずれも高効率に進行させることが必要になる。

植物の光合成における酸素発生触媒には,実際に水を分解する「活性中心」と呼ばれる部分に,4つのマンガン原子と1つのカルシウム原子で構成されるMn4Ca錯体が存在することが近年の研究で明らかになっている。

この錯体は,酸素発生反応に必要な電荷を蓄え,柔軟に構造を変化させて酸化ストレスに対応することで電子移動反応を容易にするとともに,金属イオンが精密に配置されて酸素-酸素結合生成過程を効率化させる。

研究グループでは,このMn4Ca錯体に着目し,酸素発生触媒機能の発現に重要なのは,(1)多核構造,(2)隣接配位不飽和金属イオン,の2つの要素ではないかと考えた。

この予想に基づいて,研究で用いた5つの鉄イオンと6つの有機分子により構築された鉄錯体は,高効率な酸素発生反応に重要な2つの特長を持っている。1つ目は,酸化還元能を持つ多核構造。これは光合成での酸素発生触媒など天然の酵素にも数多く存在し,多電子移動反応の高効率化に重要となる。2つ目は,隣接する2つの配位不飽和サイト。配位不飽和サイトに水分子が結合することで,酸素-酸素結合生成が分子内で進行し,結合生成反応の高効率化が期待できる。

そこで,電気化学的手法により,鉄錯体の酸素発生触媒の機能を検証した。その結果,この鉄錯体は,触媒の処理能力を示す触媒回転頻度が,毎秒1900回という非常に高い酸素発生速度を持つ触媒であることが判明した。

また,触媒の耐久性を示す触媒回転数も100万回以上と,耐久性も十分に高いことが明らかになった。さらに,触媒反応機構についても実験化学的手法ならびに計算科学的な手法で検討した結果,迅速な多電子移動反応と効率的な結合生成反応という2つの要素が,高効率な酸素発生反応の達成に重要な役割を果たしていることが分かった。

今回明らかにした鉄錯体の酸素発生能力を示す毎秒1900回という反応速度は,反応条件が異なるため厳密な比較は難しいものの,植物の光合成における酸素発生触媒が持つ毎秒400回という反応速度を超えるものであり,安価な鉄イオンを用いた人工的な酸素発生触媒として,植物の光合成を超える反応を示した初めての例となる。

この研究成果は,人工光合成技術の進展に向けた大きな一歩。さらに,植物に学ぶ触媒分子のデザイン戦略は,人工光合成の反応を含めた物質変換反応における触媒開発に重要な指針を与えうるもの。今後,触媒分子をさらに最適化することにより,エネルギーや環境問題の解決に貢献する高性能な触媒の開発につながると期待されるとしている。

関連記事「東大,光合成の第1段階の機構を解明」「名大ら,ラン藻の光合成と代謝の同時改変に成功」「千葉大,光合成の電子伝達経路の新たな生理機能を解明