京都大学の研究グループは,2015年6月中旬から7月初旬にかけて急激な増光を示したブラックホール連星はくちょう座V404星において,今までX線でしか観測できないと思われていたブラックホール近傍からの放射エネルギーの振動現象を可視光で初めて捉え,このような振動現象が今まで観測されていたよりも10分の1以下の低い光度で起こっていたことを明らかにした(ニュースリリース)。
X線連星は,ブラックホールまたは中性子星(主星と呼ぶ)と,普通の星(主系列星:伴星と呼ぶ)がお互 いの周りを回っている連星系。このような天体では,伴星から角運動量を持つガスが主星に向かって流れ込み,降着円盤というガス円盤が形成され,その降着円盤を通してガスが主星に落ち込むと考えられている。降着円盤の状態は,質量降着率という,単位時間あたりに主星にどのくらいのガスが落ち込むかという物理量によって決まると考えられている。天体の明るさ(光度)は,この質量降着率に比例している。
X線連星の中でも,不定期にアウトバースト(急激な増光現象)を起こす天体をX線新星という。その内の一つである「はくちょう座 V404 星」は,正確に距離がわかっているブラックホールの中では地球に最も近いブラックホールを主星に持つ天体で,アウトバースト中にX線で激しい光度変動を示すことが知られている。今回,2015年6月中旬から7月初旬にかけて26年ぶりにアウトバーストを起こした。
同大を中心に活動してきた国際変光星観測ネットワークと,台湾の観測チーム,ロシア宇宙科学研究所を通して行なわれた大規模な国際協力可視測光観測によって,ブラックホールX線新星のアウトバーストにおいては過去最大の可視測光データを得た。
その結果,アウトバーストの最初から最後まで断続的に,規則的なパターンを持つ激しい短時間変動(振幅:およそ 0.1~2.5[mag],周期:およそ 5[min]~2.5[hours])が見えていることがわかった。また,NASAの衛星によって得られたX線の観測データと可視光の観測データを比較,解析することで,この可視光での変動が,今までX線領域でしか観測されたことのない,ブラックホール近傍からの放射エネルギーの振動現象を表すものであるということがわかった。
つまり,今回の観測は,ブラックホール近傍から出る光の変動を可視光で初めて捉えることに成功したもの。また,このような光度変動が,今まで他のX線連星で同じ種類の変動が観測されていたときの光度よりも10分の1以下の,非常に光度が低い時期にも起こっていたことも明らかになった。
今回の研究における新規性はの一つは,ブラックホール近傍から出る光の変動であると考えられている激しい規則的な光度変動を,可視光で初めて発見したこと。一般的に,ブラックホールというものは光さえも吸い込む真っ黒い穴であり,そのような天体からの光が目で見えるなど,常識では考えられないことであった。
また,今までブラックホール近傍から出る光の振動現象は,ブラックホールに近い領域である降着円盤の内縁部から放射されるエネルギーがX線領域であるため,X線でしか観測することができないと思われていた。しかし,可視測光観測でもX線で観測されていたのと同様の光度変動を捉えることができたため,ブラックホール近傍の物理現象に,X線観測よりも観測対象を臨機応変に変えられ,費用も安く,国際協力によって長時間観測することが可能な可視観測でもアプローチできることが示された。
もう一つは,今まで考えられてきたよりも10分の1以下と非常に低い光度のときにも,ブラックホール近傍から放射されるエネルギーの規則的な変動現象が起こっていたことが明らかになったこと。ブラックホール近傍から出る激しい光の変動は,今まで光度が高いときにしか観測されておらず,それを説明する理論も,光度が高いことを条件とするものしか提唱されてこなかった。したがって,今回の観測結果は,今までの天文学的な常識を覆すもの。
今のところ光度が低いときに起こる規則的な激しい短時間の光度変動を説明する理論は存在せず,今回の研究における成果は,これからのX線連星の研究のさらなる発展を促すものだとしている。さらに,今までX線もしくは可視光で激しい短時間変動が観測されているブラックホール連星に共通の性質がないか調べてみたところ,そのどれもが軌道周期(主星と伴星がお互いの星の周りを一周する周期)が長いことがわかった。
このことからブラックホール連星において,軌道周期が長いことが激しい短時間変動を引き起こす要因の一つになりうることが示唆されるという。また,この事実は,今後軌道周期の長いブラックホール連星がアウトバーストを起こした場合,ブラックホールの「またたき」を,口径数十センチ程度の小さめの望遠鏡を通して,私たち人間の目で観察できる機会を与える可能性があることをも意味するとしている。
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