日本電信電話(NTT)と東北大学は共同で,高感度センサや高精度発振器に広く用いられているメカニカル振動子の熱ノイズを,レーザー光を照射するだけで低減できる新しい原理のレーザー冷却手法を実現した(ニュースリリース)。
決まった周波数で振動が続く人工構造はメカニカル振動子と呼ばれる。昨今ではナノテクノロジーによりMEMS (Micro-electromechanical Systems)振動子として形を変え,センサや発振素子などの微小素子として広く用いられている。
このメカニカル振動子の性能に限界を与えるものとして,熱ノイズの影響がある。熱ノイズは微細でランダムな揺れを振動子に引き起こし,その極限性能を低下させる。これまで,この熱ノイズを低減させる有効な手法のひとつとして,レーザー冷却の手法が提案されていた。
しかし従来の手法では光共振器と組み合わせる必要があり,素子応用や集積化の上で問題があった。一方,研究チームでは,これまで培ってきた半導体素子技術の新しい応用として,MEMSや,さらにそれを微細化した NEMS(Nano-electromechanical Systems)の研究を進めてきた。
今回,光学特性と圧電特性に優れた半導体二層構造を用いることにより,光共振器を用いないレーザー冷却の実現に世界で初めて成功した。この成果は,半導体チップに集積可能な質量や光などの高感度センサや,携帯電話などに用いられる高精度振動子などへの将来的な応用に期待されるもの。
研究チームが動作の実現に成功したメカニカル振動子の心臓部は,長さ20μm,幅14μm,厚さ0.4μmの小さな板バネ。このメカニカル振動子は極めて軽量であるため,熱エネルギーによるランダムな振動(熱ノイズ)が発生する。
今回,光学特性と圧電特性に優れたガリウム砒素(GaAs)とアルミガリウム砒素(AlGaAs)の2層構造を用いて振動子を作製することにより,レーザー光を振動子に照射するだけで熱ノイズを抑えることに成功した。光共振器を用いずにメカニカル振動子のレーザー冷却を実現したのは,世界で初めて。
今回の2層構造では加工によるダメージが極めて小さく,鋭い光吸収特性を有することが確認された。この鋭い吸収特性は,これまで用いられてきた光共振器と類似の役割を果たし,レーザー冷却を実現する。
また,GaAs/AlGaAs が有する圧電効果を活用し,吸収された光が引き起こす制動力により熱振動を抑えることに成功した。これは,光吸収によって生じた内部電圧を圧電効果により制動力に変換することで,熱振動を半分に抑えることに成功したもの。
今回の原理実証実験では熱振動の抑制効果は半分程度だったが,今後は構造の最適化を行なうことに
より,より大きな冷却効果を実現していく。また,レーザー素子との集積化や室温動作を実現し,半導体集積素子としての応用可能性を探る。その上で,実際の質量や光のセンサーへの応用を進めて行くとしている。
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