東工大ら,グラフェンを凌ぐ2次元電子機能を実現

東京工業大学,英セント・アンドルーズ大学らの国際共同研究グループは,二セレン化タングステン(WSe2)の単結晶表面にルビジウム(Rb)を希薄に蒸着することで,電子のもつ磁気的性質(スピン)を巨大に変化できる単原子層の電子ガスが生成することを発見した(ニュースリリース)。これにより,グラフェンを超える2次元電子機能を簡便に実現することができるという。

グラフェンを越える可能性をもつ物質として,遷移金属ジカルコゲナイドと総称されるMX2の組成(M=遷移金属,X=カルコゲン)をもつ層状物質が注目されている。

遷移金属ジカルコゲナイドの中でも,重たい(大きな原子番号をもつ)元素で構成されている二セレン化タングステン(WSe2)は、電子の運動と電子の磁石的性質(スピン)とが強く影響しあった状態をもつことから,グラフェンにはないスピンを電圧で制御するというような新機能の実現への期待も大きい。

一方でWSe2は,単原子層ではスピン機能を発揮できる電子状態をもつものの,複数層では各層のもつ機能を打ち消すように積層した構造になってしまうことから,バルク単結晶は利用できないと考えられていた。しかしながら,単原子層を簡便に大面積で作製できる方法はこれまでに開発されていない。

今回研究グループは,積層化で失われていたWSe2単原子層に固有な電子スピン機能を,単結晶の最表面に復活させ,容易に利用できる方法の開発に成功した。これは「結晶表面にアルカリ金属のルビジウム(Rb)を希薄に蒸着するだけ」という非常に単純な方法によるもの。

蒸着したRbは,最表面のWSe2単原子層にのみ電子キャリアを供給し,2次元電子ガスを形成する。この際,数原子レベルの限られた距離に電気分極が発生し,単原子層の電子状態には巨大な電界効果が引き起こされることが判明した。ゲート電極を用いて外部電圧で誘起させる電界効果と異なり,今回の手法では電荷蓄積層がむき出しになっているため,最先端の分光手法によりRb蒸着前後の電子状態変化を直接観察し,「結晶表面単原子層への選択的な化学的静電ドーピング効果」を発見した。

Rb蒸着量に比例して電子キャリア量は増加し,1.5桁の幅広い範囲で制御できることが分かった。角度分解光電子分光法を用いて,キャリア量を変化させた際にどの様に電子構造が発達するかを観察した結果,キャリア量の増加とともに,電界効果によってスピンの上向きと下向きとでエネルギー差が生じ,N~9×1013cm-2の時にはエネルギー差は180meVにも及んだ。

この値は通常のゲート電圧で引き起こせる効果に比べて2桁も大きい。この巨大変化をRb蒸着量で自在に制御できることから,この手法は室温で動作するスピントロニクス・デバイスを実現するための重要な技術になるものと期待される。

さらに,WSe2単結晶の最表面に形成される単原子層の電子ガスは,「負の圧縮率」と呼ばれる電子状態を持つことが分かった。この状態は従来の半導体における2次元電子ガスにおいても,非常に低い電子キャリア量の時には観測されていたが,これと比べてWSe2の単原子層電子ガスでは,3桁におよぶ驚異的に高い電子キャリア量まで負の電子圧縮率が観測された。

この原因として,WSe2は電子の運動エネルギーを小さくするような電子状態(マルチバレーと呼ばれる電子構造や比較的大きな電子の有効質量)をもち,これによって電子と電子との相互作用が大きくなっていることが関与していると考えられるとしている。

単原子層の遷移金属ジカルコゲナイドを用いて電界効果トランジスタを作製する試みが世界中で行なわれているが,ゲート電圧誘起の電子状態の発達過程は謎が多い。今回の結果はそれらにも本質的な知見を与えるものとして重要だとしている。

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