日本電信電話(NTT)は,英ブリストル大学,英インペリアル・カレッジ・ロンドン,フィンランド ノキア・テクノロジーズと共同で,光子を用いた線形光学量子情報処理に必要なあらゆる基本機能を,たった一つのハードウェア上で提供する再構成可能な光集積回路を実現するとともに,世界に先駆けて広範な光量子情報処理実験に適用することに成功した(ニュースリリース)。
量子情報処理に必要とされる基本単位「量子ビット」をどのような物理系によって実現するかについて,様々な方式が提唱されている。とりわけ「光子」は環境との相互作用が極めて小さいため,光子に乗せた量子状態は壊れにくいという性質がある。
さらに,その量子状態は,ビームスプリッタや波長板などの一般の光学実験やカメラ等の光学機器で用いられる線形光学素子を用いて高精度に操作することができる。これらのことから,線形光学素子を用いた光量子情報処理の研究が過去10年以上に渡り盛んに行なわれてきた。
光量子情報処理のためのセットアップは,例えば,光学実験用のテーブルの上にミラーや波長板といった多数の線形光学素子を精密に配置することにより構成される。また近年では,小型かつ高安定に光学系を構築可能な光導波路回路として光チップ上に作り込むことが試みられている。
しかし,これまでの光学系では,異なる実験を行なおうとすると,その都度,素子を並べ替えて系自体を根本的に作り替えたり,専用の光導波路回路を改めて作り込まなければならないことから,多くの時間が必要だった。そのため,実験に応じて系を組み替えるのではなく,電気的・光学的な操作だけで系の組み替えが可能になる光集積回路の実現が期待されてきた。
今回,研究グループは,石英系平面光波回路(Planar Lightwave Circuit, PLC)技術を用い,いかなる線形光学量子情報実験にもプログラマブルに対応可能な光集積回路を設計,作製し,その動作を確認した。
この光集積回路は,それぞれ6本の入力および出力光導波路を備える。この光回路に外部から入力する電圧をプログラムするだけで,回路構成を組み替える制御ポイントにおいて光の感じる屈折率を変更し,数秒のうちに任意の線形光学回路を再構成することができる。
研究グループでは,さらにこのハードウェアに実際に複数の単一光子を入力し,量子もつれ状態発生や量子ゲート操作といった量子情報処理の要素技術から,最新の量子計算方式の実装に及ぶ,極めて多彩な光量子情報処理の実験に適用可能であることを実証した。実験で用いた回路パターンは合計およそ1000通りに達する。
このように,一つの光集積回路でさまざまな光量子情報処理を実現したのは世界で初めて。また,実験により得られた各種回路設定の動作精度は,従来の用途特化型の実験装置を用いた場合に比べても,同等かそれ以上の水準であることを実証した。
この成果により,光子を用いた量子力学の基礎の検証から量子情報処理に渡る幅広い研究が大幅に加速することが期待される。研究グループは今後,さらなる高精度化,大規模化を図り,より高度な量子光学実験に適用することを目指しながら,光子を用いた量子情報技術の応用に向けた取り組みを進める。
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