沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究グループは,将来の量子計算に不可欠な技術となる量子情報を長期間記憶できる仕組みを発見した(ニュースリリース)。
量子計算を実現するためには,演算に必要な量子状態を長時間維持させることのできるシステムが必要となる。実際には,わずか1000分の1秒といった極めて短い時間枠ではあるものの,極小サイズの粒子は周囲からの影響を受けやすく,粒子の動きがほんのわずか乱れただけでも計算に大きな狂いが生じてしまう。
こうした課題の実現に向けて原子核が有力視されている。これは原子核が周囲からの影響を受けにくい性質を持っているため。しかしこのことは,原子核を操作することが極めて困難だということも意味しており,これまで目に見える成果はほとんど上がっていなかった。
そこで研究グループは,原子核を直接制御する代わりに,原子核と他の物質との間の「仲介役」を担う粒子,すなわち原子核の周りを周回する電子に焦点を当てた。
原子核は内部に「磁気モーメント」と呼ばれる小さな磁石を持つ。原子核の周りを周回する電子もまた,原子核のものと比べて約1000倍の大きさの磁気モーメントを持っている。原子核内と電子内の磁気モーメントは互いに共鳴し合い,両者の間には「超微細相互作用」と呼ばれる相互作用が働く。
超微細相互作用の強度は物質によって異なる。研究グループは,マンガンなどから成る結晶には強い超微細相互作用が生じることを発見した。この発見をもとに,まずは電子を制御することで原子核の操作を可能にした。
量子計算における情報伝達は光子によって行なわれる。光子は可視光を構成する個々の粒子であると同時に,紫外線やマイクロ波など目に見えない電磁波の構成要素でもある。通常,伝達時の情報は光子の量子状態にある。演算を継続するためには,長時間安定させることができる別の粒子に光子の量子状態を転写させる必要がある。
研究グループが行なった今回の実験では,炭酸マンガンの結晶にマイクロ波を照射した。するとマイクロ波の磁場とマンガンの原子核を取り巻く電子の磁気モーメントとの間に相互作用が生じた。
続いて,電子の動きに変化が見られた後,原子核の運動にも同様に変化が生じた。これは,電子と原子核が超微細相互作用を通じて結合しているため。これによりマイクロ波光子の量子状態は,原子核内の磁石が逆方向に反転するタイミングで原子核に転写された。
この現象を,光子の量子状態が変化する前に素早く生じさせる必要がある。情報を即座に伝達し,原子核を高速で反転させるには,マイクロ波と原子核とが電子を通じて強く結びついている必要がある。
研究グループは,今回の実験がマイクロ波の光子と核スピンとの間の強い結びつきを示した最初の例だとしている。今後は,このシステムをセ氏マイナス273度(華氏マイナス500度)まで冷却し,温度変動を最小限に抑えることでマイクロ波の光子と核スピンとの結合を増強させ,情報の保存時間を延長できるかを調べるとしている。
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