原研,国際核融合材料照射施設に用いる高速液体リチウム流の長期安定性を実証

日本原子力研究開発機構(原研)は,核融合エネルギーの早期実現に向け日欧の共同事業で進めている幅広いアプローチ活動(以下「BA活動」)において,世界最大リチウム流量を持つ試験装置にて,国際核融合材料照射施設(IFMIF)の核融合中性子源に要求される性能を満たしつつ,目標の1,000時間を超え1,300時間以上にわたる運転を実施し,長期安定性能を実証することに世界で初めて成功した(ニュースリリース)。

核融合実験炉ITER(イーター)の次の段階である原型炉の材料は,核融合反応で生成された高エネルギーの中性子に長時間さらされることになる。そのため,この材料開発,特に構造材料としての成立性を確証するためには,核融合炉で生成される中性子照射環境を模擬するための中性子源が必要となり,IFMIFの建設が検討されている。

BA活動において,このIFMIF建設に向け,原子力機構大洗研究開発センターに実機環境を実現できる液体リチウム流動試験装置を建設,IFMIFの標的設備(液体リチウムターゲット)の実証を目標に2012年10月より本格試験を実施してきた。

IFMIFは,核融合炉において照射によって生じる材料特性変化の挙動を予測するために必要なデータ取得を目的として,核融合炉に匹敵する高強度で,かつ炉内環境を模擬する中性子照射場を提供する加速器駆動型の中性子源施設。40MeVに加速した重陽子(D+)ビームを,中性子発生効率が高いリチウムに入射させて,核融合反応と類似したエネルギー分布を持つ高エネルギーで高密度の中性子を発生させることを想定している。

最大1万キロワットの重陽子ビームをリチウムに連続的に入射させるため,ビームによる入熱に対して標的となるリチウム形状を一定に維持することが安定な中性子源を実現する上で重要となる。しかし,固体リチウムでは除熱が難しく,入熱により溶けてしまうため,リチウムの形状を一定に維持することができない。

そのため,液体リチウム流動試験装置の建設に先立ち,循環系内でリチウム流から熱を除去する構造を開発した。IFMIFでは,重陽子ビーム照射領域の幅(200mm)及び40MeVの重陽子ビームが十分に停止する厚さ(25mm)を考慮し,幅260mm,厚さ25mmの自由表面(リチウム流れが壁などと接触しないで流れる表面)を持つリチウム流を,15m/秒以上の高速で厚さの変動を±1mm以下に抑えて安定に生成する必要がある。

しかしながら,一般的に自由表面を持つ流れは不安定になりやすく,特に高速になるほど乱れが生じ,流れの形(安定性)を保つことが難しくなる。さらに,液体金属であるリチウムを高温に保ち,かつ真空下で高速で流すという技術はこれまででは例を見ないもので,中性子源開発実現へ向けて実証すべき大きな課題になっていた。

また,高速度の液体リチウムターゲットの流れを安定にするために,流れを作り出すノズルや流路形状に工夫が必要。そこで大学等との共同研究の成果や高速炉開発で培われた液体金属利用の技術知見等を発展,活用し,リチウム流を安定化させるための最適なノズルや流路の形状を流体計算等を基に設計・製作した。

今回,液体リチウム流動試験装置を用いて,実機の運転環境の液体リチウムターゲットを実現させるとともに,液体リチウムの自由表面を観測するためレーザプローブ法を取り入れて液体リチウムターゲットの厚さ及び変動の計測に成功した。

その結果,重陽子ビームの入射が想定される範囲で,厚さの不均一性(厚さの最大値と最少値の差)は,0.16 mmと非常に小さく,また,表面にできる波の振幅は平均で0.26 mmであり,IFMIFでの要求値(±1 mm)を十分に満足することを実証した。

さらに,秒速15mの液体リチウムターゲットを昼夜連続(最長25日間)で運転し,長期間の安定性を確認した。IFMIF実機への適用性の評価として,ひと月を超えた(1000時間(目標))運転の実績が不可欠であるとともに,高速リチウム流れもその期間,安定して流れていることを実証することが最重要課題だったが,液体リチウムターゲットの運転時間は積算で1,300時間を超えても安定性に変化はなく,長期間にわたる安定性が実現できることを世界で初めて実証した。

この成果は,核融合炉中性子環境を模擬した中性子源施設の建設に向け,主要な実証をクリアしたものであり,核融合エネルギーの早期実現を目指すBA活動の中で得られた大きな成果であるとともに,国際核融合材料照射施設の開発を大きく前進させるもの。また,このような液体リチウムを用いた中性子源は,癌治療などを目的としたホウ素中性子捕捉療法(BNCT)用の照射施設にも検討されており,それら開発への波及効果としても期待できるとしている。

関連記事「原研,世界最大流量を有する液体リチウム流動試験装置にて高速自由表面流を実証」「阪大、次世代がん治療装置(BNCT装置)を開発