九州大学は,加マギル大学のグループとの共同研究で,ナノメートルのスケールで働くブルドーザ「ナノドーザ」を用いて,微細流路中に閉じ込めた長鎖DNA分子の動態を制御することを可能にした(ニュースリリース)。
近年のゲノム科学の進展において,DNA分子を切断することなく,長鎖のまま操作する一分子実験の技術開発が強く求められている。微細流路中では,空間的な拘束により長鎖DNAの形態を制御することができ,そこでの振る舞いを解明することは,基礎研究,応用研究の両面から大きな関心が寄せられている。
全長約56㎛のT4ファージDNA分子を直径300㎚の微細流路に閉じ込めると,DNA分子は流路の軸に沿って伸張する。研究グループは,流路の軸方向に伸張したDNAの一端を,光学的に操作できるビーズを用いて押し動かす「ナノドーザ」を構築し,DNA分子が軸方向に圧縮した様子を蛍光顕微鏡により観測,測定した。
この操作速度(V)に依存したDNA分子の動態変化を実験的に定量化し,周りの溶媒との間に働く粘性摩擦力を考慮することにより,そのメカニズムを理論的に解明した。
今回構築した実験系は,正にナノスケールの微小なピストンであり,系の容積を正確,かつ容易に制御することができる。これを用いて,例えば大腸菌のようなバクテリア細胞と類似の環境下でのDNAや,殻(カプシド:ウイルスの核酸を包み込む殻)内に存在するウイルスDNAに見られる高密度状態でのDNAの動態を調べることが考えられる。
複数のDNAを封入し,それらの相互作用を調べることは,細胞分裂時のDNA分配や,高等生物における染色体領域形成のメカニズム解明にも繋がるものと考えられるという。また,DNA 以外の高分子やその他のソフトマテリアルのナノスケールでの力学物性を測定する手段としても,今後の展開が期待されるとしている。
現在,微細流路中での長鎖DNA分子の振る舞いについて多大な関心が寄せられているが,その動的性質については未解明な点が多い。また,DNA以外にも多くの種類の天然,合成高分子鎖があるが,その形態制御は新規の材料開発においても重要な課題となっている。今回の研究成果は,物理学,生物学における基礎学問の進展のみならず,ゲノム科学、材料工学での応用まで幅広い波及効果が期待される。研究グループはこの研究成果をさらに発展させ,細胞内でのDNA鎖の動態解明(生命現象)やナノスケールでの物性解明(材料工学)に向けた研究を,理論と実験との協働により取り組んでいく。
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