情報通信研究機構(NICT)は,米レイセオンBBNテクノロジーズ社及び米ルイジアナ州立大学と共同で,現在実用化が進められている2地点間の量子暗号における新理論を確立し,量子鍵配送の1パルスあたりの鍵生成レートの原理的な限界を世界で初めて解明した(ニュースリリース)。
将来開発される可能性のある,いかなる高速な計算機を使っても解読できない究極的な暗号として実用化が期待されている,量子暗号の技術開発課題として,量子鍵配送の鍵生成速度の向上がある。鍵生成速度は,デバイスの性能や波長多重数で決まる「1秒当たりの光子パルスの生成数」と,鍵生成方式(量子鍵配送プロトコル)によって決まる「1パルスあたりの鍵生成レート」の2つの性能により決まる。
これまで,1パルスあたりの鍵生成レートをできるだけ大きくするために,様々な量子鍵配送プロトコルが提案されてきたが,実用的な2地点間の量子鍵配送プロトコルは,いずれも光ファイバの伝送損失に対して,鍵生成レートが指数的に減衰してしまう性質を持っていた。
今回研究グループは,量子鍵配送について,量子情報理論に基づく新しい理論を確立し,この鍵生成レートの伝送損失に対する指数的な減衰は,個々の量子鍵配送プロトコルによらない普遍的な原理であることを解明した。また,その原理的限界は,現在実現している量子鍵配送プロトコルにおける1パルスあたりの鍵生成レートの10倍程度であることも明らかにした。
このことは,現在の鍵生成レートが,量子鍵配送プロトコルの更なる改善により,10倍程度まで向上できる可能性を示すとともに,どのようなプロトコルでも超えられない限界も同時に明らかにしたもので,今後,新しい量子鍵配送プロトコルの開発を進める上で重要な指針を与える成果。
研究グループでは今後,今回の成果で明らかとなった鍵生成レートの理論限界に近づく,より優れた量子暗号プロトコルの開発に取り組みむ。同時に,1秒当たりの光子パルスの生成数の向上に向けて,デバイス開発や波長多重化なども進めていく。
一方,鍵生成速度及び伝送距離の限界は,従来の2地点間の量子暗号を超える新しい技術革新により,抜本的に超えることができる。それには,送受信者の間に量子的な中継器を置く量子中継技術や,量子暗号の物理的安全性の条件を少し緩和することで,鍵生成レートを大きく向上させる新しい物理レイヤ暗号技術などの実現が不可欠となる。これらの技術は,まだ理論的・実験的に発展途上であり,実現には長期間の研究開発を要するが,こうした基礎的な研究にも積極的に取り組んでいくとしている。
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