岡山大学,産業技術総合研究所(産総研),理化学研究所,大阪大学,京都大学,東北大学,オーストリア・ウィーン工科大学,高輝度光科学研究センター(JASRI)の研究グループは,世界で初めてアイソマー状態を人工的に生成することに成功した(ニュースリリース)。
原子核トリウム229は最小の励起エネルギーを持つ。この励起状態(アイソマー状態)は,基底状態との間のエネルギー差がわずか数eVであることから,レーザーでも励起可能なエネルギー領域にある唯一の原子核励起状態と考えられている。このトリウム原子核の周期的振動を基礎にすると,より高精度な時計「原子核時計」を構築することができることからも注目を集めている。
さらに,トリウム229は宇宙膨張の謎の解明など,基礎物理研究の舞台(プラットフォーム)としても有益であると予想されている。トリウム229のアイソマー状態に関する研究は40年以上にわたる歴史を持ち,大まかなエネルギー準位はわかっているものの,いまだレーザー励起には成功していない。これまでの生成手段はウランからの放射線に伴う複雑な崩壊を利用する以外になかった。
今回の研究はSPring-8の高輝度X線を用いて行なった。通常トリウム229は基底状態にあるが,これに約29keVのエネルギーを持つX線を照射すると,第二励起状態に遷移する。この状態への遷移は原子核共鳴散乱を使って確認した。入射X線エネルギーが,第二励起状態のエネルギーにピッタリ一致すると原子核共鳴散乱を起こす事象数が増加する。
研究グループは,産総研が開発した高精度X線絶対エネルギーモニターを用いた測定を行なうことで,第二励起状態のエネルギーやその寿命を世界最高精度で決定することに成功した。また第二励起状態からアイソマー状態への遷移確率(分岐比)を決定することができた。これによりアイソマー状態が大量に生成されていることを実証したという。
今回開発した方法は,放射線の少ないクリーンな環境下でアイソマー状態を自在に生成できるという利点がある。研究グループは,この利点によりアイソマー状態の研究が進展し,原子核時計の実現に向けて大きく前進するとみている。
今後は,アイソマー状態から基底状態への光遷移の観測を目指すと共に,レーザーによる励起,高精度原子核時計の実現,物理定数の経年変化探索などを目指す計画だとしている。