東北大学は,統計数理研究所(ISM)および科学技術振興機構(JST)と共同で,数学的手法を開発することで,ガラスに含まれる階層的な幾何構造を解明することに成功した(ニュースリリース)。
ガラスは結晶とは異なり原子配列に周期性を持たないことから,構造を適切に表現する記述法としていまだ満足なものが得られていない。従来の手法では,各原子の近傍に関する短距離構造について調べることは可能だが,ガラスのように乱れた3次元原子配置をもつ系に対しては有効ではない。
特に近年の研究では、ガラスの構造を理解するには,より広範囲の原子で構成される中距離構造を理解する必要性が報告されている。このような新たな記述法の開発は,基礎科学としては「ガラスとは何か」という長年の大問題への理解を深めるものであり,また産業的には情報ストレージや太陽光パネルなどのガラス材料開発に直結する重要な意味を持つ。
中距離構造を記述する難しさは,(1)多くの原子からなる多体系の特徴をどのように記述するか,および(2)短距離から中距離までのマルチスケール性をどのように扱うかにあり,このような困難を克服しかつ材料に依存しない普遍的な新手法の開発が強く望まれていた。
今回研究グループは,ガラスの原子配置に含まれる中距離秩序構造を記述できる数学的手法を開発し,それを用いてガラスの階層的な幾何構造を抽出することに成功した。開発された数学的手法はパーシステントホモロジーと呼ばれるトポロジーにおける概念を用いており,原子配置を空間内の点の集まりとみなし,そこに含まれるリングや空洞といった「穴」に着目するマルチスケールデータ解析を可能とする。
これにより酸化物ガラスや金属ガラスの代表的な例(SiO2やCuZr)に対して,分子動力学法を用いて各物質の原子配置を構成し,パーシステントホモロジーを適用することで,液体とガラス状態の内部構造の違いを幾何学的に特徴付けることに成功した。
特に,ガラス状態では原子配置のリング構造に階層性を持った秩序構造が存在することを見出した。ここで得られた新たな知見をもとに,第一シャープ回折ピーク(FSDP)の実空間幾何構造としての特徴づけや,ガラスの硬さの起源にあたる中距離秩序構造の記述にも成功した。
今回の数学的手法を用いたガラスの構造解析に関する成果は,ガラスの基礎研究から応用研究までの広い分野に大きなインパクトを与えるもの。今後基礎研究としては,パーシステントホモロジーを用いたガラス転移の特徴づけや,剛性や粘性をはじめとした物性と原子配置の相関について理解が進むことが予想されるという。
また応用の立場からは,ガラス材料を用いた高機能な記録材料・記録媒体や太陽光パネルなどの開発へ適用されることが期待されるとしている。さらに数学的手法の最大の特徴はその普遍性であり,純粋に「データの形」を扱う今回の手法は,ガラスに限らないその他の材料やより一般のデータ解析への応用も可能とする。
研究グループでは今回の成果が,膨大な原子配置データや実験画像データに対するマテリアルズインフォマティックスへの展開や,ビッグデータ解析へブレークスルーをもたらす手法に発展すると予想している。
関連記事「東大,ガラス転移の構造的起源に新たな発見」「JAISTら,ガラスになる液体とならない液体の原子・電子構造の違いを解明」「京大ら,ガラスが確かに固体であることを示す有力な証拠を発見」