日本電信電話(NTT)は,量子情報通信に必要不可欠な技術である単一光子の波長変換に関する新手法を提案し実証した(ニュースリリース)。
光の量子である光子を用いた量子情報通信において,光子の波長変換は重要な技術となる。例えば,光子を長距離にわたり伝送するために有利な波長帯(光通信波長帯)と,光子を原子等の物質と相互作用させることのできる波長帯(一般に可視波長帯)とは異なる。
また,同一帯域内においても,光子を発生する手段や装置の違いや,通信路として用いる波長チャネルの違いにより、一般には光子一つ一つの波長やスペクトル形状は異なる。
したがって,「光子と物質」あるいは「光子同士」の相互作用を巧みに操り,遠く離れた二地点間で量子状態をやりとりするためには,状況に応じて適切に光子の波長を変換する必要ある。加えて,光子は損失に対して脆弱なため,理想的には光子損失を伴うことのない,効率100%での波長変換という極めて高度な技術が求められる。
従来,単一光子の波長変換には,周波数混合と呼ばれる手法が用いられてきた。しかし,周波数混合においては高効率性のために高強度の制御光入力が必要とされ,これによって発生する雑音が実験上の制約を生んでいた。このため,単一光子に対して,100%の内部変換効率を維持しつつ波長変換が達成された報告例はこれまでなかった。
今回,NTTは,従来法と異なるアプローチにより,常に光子損失を伴わない波長変換方法を構築した。具体的には相互位相変調と呼ばれる光学効果を用いる。これは,媒質に制御光を入力した際に生じる媒質の屈折率変化により,同一媒質に同時に存在する別の光波(信号光)の位相がシフトする現象。
ここで,屈折率を時間とともに変動させると,信号光の位相の不均一なシフトが生じ,その結果信号光の波長の変化を誘起することができる。相互位相変調は,制御光強度の大小にかかわらず必ず生じる現象のため,信号光として単一光子を用いることで,光子損失を伴うことなくその波長を変換することができる。
相互位相変調による波長変換は,古典的な光パルスを用いて広く実証されているが,単一光子に適用された例はなかった。今回,屈折率変化を担う媒質としてフォトニック結晶ファイバーと呼ばれる特殊設計された光ファイバーを用いることで,光通信波長帯の単一光子波束に対して明瞭な波長変換を付与することに成功した。
今回得られた波長変化量は最大約3nm(光周波数にして約0.4THz)だった。これは例えば,ファイバー通信路中の互いに異なる波長チャネルに割り当てられた光子の波長を揃え,のちに相互作用させるといった,長距離量子通信の波長多重化に応用可能な量。
なお,ここでの波長変換量は,制御光強度の調整により簡単に操作可能。さらに,変換に伴う光子損失は実験的に観測されなかった。これにより光子損失による量子通信レートの低下を抑えながら波長変換を行なうことが可能となる。
NTTでは波長変換量やスペクトル形状の制御自由度のさらなる向上に取り組むとしている。これらは,光ファイバーの特性や制御光パルスの時間形状を適切に設計することで達成できるという。
光ファイバーを用いて実現可能であることから,この手法に基づく波長変換装置を実際に光ファイバー通信路上に挿入することも可能であり,その実装方法に関する研究への取り組みも検討する。これらを通じ,光子を用いた量子ネットワークの構築に向けた柔軟な波長インターフェースの開発を行なっていくとしている。
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