分子研ら,酸化タングステン光触媒の光キャリア超高速構造追跡に成功

自然科学研究機構分子科学研究所,北海道大学,高エネルギー加速器研究機構(KEK),高輝度光科学研究センター,理化学研究所,仏レンヌ大学らの研究グループは,可視光に応答する酸化タングステン光触媒の光励起状態の構造を,超高速時間分解X線吸収分光法により追跡し,光励起状態でタングステン周囲の局所構造が変化していく様子を観測することに成功した(ニュースリリース)。

光触媒を用いて水から水素を製造する技術は,再生可能エネルギー開発における究極的な目標のひとつであり,反応過程の解明を通じた光触媒機能の革新的向上が期待されている。

太陽光を利用して水から水素や酸素を取り出す光触媒は,紫外光に応答する酸化チタンから,可視光応答型光触媒材料として,青色光より短い波長の光を吸収する酸化タングステン(VI)が注目されるようになった。

一般的な光触媒反応では,光触媒が光を吸収すると電子が励起され,伝導し得る電子(光キャリア)と正電荷をもつ空孔のペア(対)が生成する。続いて,この電子-空孔対が互いに離れて物質中を移動し,最終的に表面に到達して吸着物質との反応,すなわち,光触媒反応が進行する。

酸化タングステン(VI)の光励起状態の研究はこれまで盛んに行なわれており,非常に長寿命の光キャリアが存在していて,光触媒として欠かせない重要な特性を有していることが確認されている。しかし,光キャリアが生成している励起状態の構造については研究例がなく,そのため長寿命の光キャリアの性質もよくわかっていない状況だった。

光キャリアは一種の(低濃度の)局所構造なので,周期的な構造すなわち結晶の構造解析に用いられるX線回折のような手法を利用することは困難であり,局所構造解析の手法であるX線吸収分光法がしばしば利用されてきた。

X線吸収分光法は,通常,シンクロトロン放射光と呼ばれるX線源を用いて測定が行なわれるが,普通のシンクロトロン放射光の時間分解能は100ピコ秒程度であるため,より高速な時間分解測定には,X線自由電子レーザーを用いることが必要で,光触媒の光キャリア生成に続く動的過程の追跡のためには必ずしも十分な時間分解能とは言えなかった。

研究では,X線自由電子レーザーSACLAを用いて,0.5ピコ秒の時間分解能で酸化タングステン(VI)光触媒のX線吸収分光測定に成功した。これにより,これまで明らかにされていなかった光励起状態における酸化タングステン(VI)のタングステン周囲の局所構造を解明することができた。

これらの実験データと理論計算の結果をもとに,酸化タングステン(VI)の光励起過程を以下のように結論した。レーザー光を吸収する電子は,もともと酸素原子に局在している価電子だが,これが光を吸収してキャリア電子となり,タングステンイオンに捕捉される。これは非常に速く(0.5ピコ秒以下),酸化数が6だったタングステンイオンは酸化数5に還元される。

しかし,この初期状態ではタングステン周囲の幾何構造は変化しておらず,タングステンの周りは基底状態と同様に6個の酸素原子が正八面体的に配位したままとなる。ところが,キャリア電子がしばらく滞在すると,タングステン周囲の幾何構造に変化が生じ,この変化に約140ピコ秒かかる。

この状態になった後,キャリア電子は別のタングステンに移動しながら,ゆっくりとエネルギーを失って元の基底状態に戻る。キャリア電子の寿命は1800ピコ秒と見積もられた。

太陽電池に使われるシリコンなどの典型元素から成る無機半導体では,キャリア電子の空間的広がりが原子の大きさに比べてはるかに大きく,キャリア電子が1つの原子に留まってその原子の局所構造を歪めるようなことは起こりにくい。

しかし,この研究での酸化タングステン(VI)では,キャリア電子が遷移金属であるタングステン1原子に留まり,タングステン6価から5価に還元され,かつ,局所構造まで変化することが観測された。典型元素無機半導体との大きな違いは大変興味深い結果だという。

今後は酸化タングステン(VI)で生成した光キャリア電子が表面に担持させた助触媒の白金微粒子触媒活性点に到達し,そこで白金微粒子がどのように光触媒として機能しているか,さらには,酸窒化タンタルなど,もう1種類の光触媒を加え高活性化した協奏的2段階励起システムにおける光励起・光触媒過程の追跡などが想定される。これらの光触媒に関する先端的基礎的知見をもとに,より高性能な光触媒材料の開発,さらには,光触媒による水素製造の大規模な実用化が期待される。

また,この計測における時間分解能は,光学レーザーパルスとX線自由電子レーザーパルスの到達時間のばらつきにより,約0.5ピコ秒程度に制限されていたが,最近,SACLAにおいて到達時間をパルス毎に計測するシステムが導入され,0.1ピコ秒を切るような高い分解能が実現されるようになった。今後,さらに高速の反応過程の解明が期待されるとしている。

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