名古屋大学,電気通信大学,富山大学,理化学研究所,高輝度光科学研究センターの共同研究グループは,台湾Fu-Jen Catholic大学と共同で,超高速2光子ラビ振動の観測に成功した(ニュースリリース)。
レーザーの誕生以降,レーザー光のもつコヒーレントな性質を利用した光技術の進歩は目覚ましく,物質の内部量子状態を自在に制御することも可能となりつつある。たとえば, 量子状態をレーザー光で「重ね合わせ」ることで,2つの量子状態間を100%に近い効率で高速に行き来させることができる。これはラビ振動とよばれる現象で,基礎的な物理過程であると同時に量子コンピュータなどにおける状態操作の基盤技術として知られている。
ラビ振動は光のもつ光子エネルギー(hν)と2つの量子状態間のエネルギー差(ΔE)が一致する(hν= ΔE),すなわち「共鳴」条件を満たす場合に最大の効率を示す。実験が容易であるため,通常は1光子による共鳴条件の下でラビ振動の研究が行なわれている。しかし,1光子過程を用いたラビ振動では利用できる量子状態の組み合わせに制限があるため,どの物質状態に対してもこの手法が適用できるわけではない。
そのため,様々な応用に向けてこの光技術を1光子から多光子過程へと拡張する試みが世界中で行なわれている。しかしながら,これまでのところ最も単純な2光子過程の場合でさえ,1回のラビ振動に少なくともピコ秒程度の時間が必要だった。
これをさらに高速化して物質の状態を自在に操作するためには,より強い光が必要となる。一方で光が強くなると,物質のエネルギー状態が変化して共鳴条件からのずれが生じたり,イオン化などの他の非線形現象がおこるなど,ラビ振動を妨げる要因が顕著となることがこれまでの研究で知られていた。
今回研究グループは,光強度によって物質のエネルギー状態が変化することを逆手に取った手法を考案し,超高速なラビ振動を2光子過程で起こすことに成功した。
一般に物質の量子状態は光強度に対して複雑な変化を示すが,「リュードベリ状態」と呼ばれる状態ではエネルギーが光強度に比例して変化することが知られている。研究グループはこの単純なルールに着目し,これを利用した共鳴(=フリーマン共鳴)によって高効率なラビ振動を達成した。
研究グループは,ヘリウム原子を対象として実証実験を行なった。2光子過程に必要な強い光を得るためには,レーザー光を100㎛程度の大きさのスポットに集光する必要がある。集光点付近では,光強度が一様ではないため,すべての領域からの信号を測定すると,光強度の変化に敏感なラビ振動を精密に観測することが難しくなる。
研究グループは,ラビ振動を駆動する近赤外域フェムト秒レーザー(795㎚)の焦点の中心部に,極紫外自由電子レーザー光(58.4㎚)を用いて励起したヘリウム原子(1s2p状態)を用意した。さらに磁気ボトル型光電子分光器を検出器として用いることで,ほぼ一定の光強度の領域からの信号のみを測定できるようにした。
光電子スペクトルに観測されたピークのうち,1s6fリュードベリ状態からの光電子ピークの強度は,近赤外レーザー光の強度に対して周期的な変化を示した。この結果は理論計算でよく再現でき,1s2pおよび1s6p準位の状態分布はラビ振動に特徴的なお互いに逆位相となる周期的な振舞いを示すことがわかった。ラビ振動の周期は23フェムト秒(光強度 6TW/cm2)と見積もられ,従来に比べて3桁近い速さで量子状態の高効率操作を行なうことが可能となった。
今回明らかとなった2光子ラビ振動の駆動法は,光強度による物質のエネルギー状態の変化を利用した簡便な手法を用いており,複雑なレーザーパルスを準備する必要がない。この光強度による物質のエネルギー状態の変化は普遍的な現象であるため,この手法はヘリウム原子以外の物質状態に対しても広く適用可能であるとしている。
また,このラビ振動の周期は数十フェムト秒であることから,衝突などによってラビ振動が妨げられる前に,標的とする物質の状態操作を完了させることが可能となる。したがって,この手法は室温における物質に対しても適用できるため,今後,光化学反応や光エレクトロニクス,量子光学,量子情報などの基盤技術としての応用が期待されるとしている。
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