産総研ら,光ディスク材料の状態変化の観測に成功

筑波大学と産業技術総合研究所のグループは,格子振動(フォノン)の振動振幅を約100fsの精度で光操作する技術を開発し,現在使用されている記録型DVDや次世代の不揮発性固体メモリーとして期待されている相変化メモリーの記録材料において,1ps程度しか出現しない励起状態の観測に成功した(ニュースリリース)。

DVD-RAMや近年実用化が進む不揮発性固体メモリーの一つである相変化メモリー(PCRAM)は1991年にGeTe-Sb2Te3系合金(GST合金)が開発され,DVDディスクの光記録材料として実用化を果たした。その後,同じGST合金を用いて電気パルスで動作する不揮発性固体メモリーとしての研究開発が盛んになり,その実用化やGST合金の相転移プロセスの物理機構の解明に向けた基礎研究が活発化している。

これまで筑波大学では,結晶構造における相転移プロセスにおいて原子変位を制御する手段として,原子の集団振動である格子振動(フォノン)に着目してきた。特にフェムト秒パルスレーザーを固体に照射した際には,位相の揃ったフォノン(コヒーレントフォノン)(a)が発生することが知られており,その振幅は光パルス対による励起によって制御できることが分かってきた。

しかし,GST合金に代表される相変化記録膜材料の相転移に関しては,結晶性や配向が高度に制御された薄膜を作製することが困難で,研究が進んでいなかった。

一方,産総研のグループは,GST合金を超格子状に作製する技術を世界に先駆けて開発し,省電力型相変化メモリーへの応用を手がけてきた。特定の厚みを持ったGeTe層とSb2Te3層を繰り返し積層した超格子構造(GeTe/Sb2Te3)において,従来のGST合金に比べて半分以下の電流と電圧で相転移スイッチングが動作し(b),記録消去回数も数桁以上(10億回以上)向上できることを実証している。

研究では,産総研のグループが作製した良質なGeTe/Sb2Te3超格子構造薄膜を使用し,筑波大学においてパルス幅40fsの超短パルスレーザー光をマイケルソン干渉計により励起パルス対にして照射し,Ge原子を中心とする局所構造のコヒーレント光学フォノン(周波数約3.5THz)の選択的励起および振動振幅の増強に成功した。

なお,GeTe/Sb2Te3超格子構造では,SET相と呼ばれる構造がGST合金での結晶相に対応し,またRESET相と呼ばれる構造がGST合金でのアモルファス相に対応している。

また,このコヒーレント光学フォノンの振動振幅の増強により結晶格子が大きく変調され,Te原子を中心とした局所構造が光照射後290fsで格子変形し,もともと1種類だった局所構造から2種類の局所構造が発現してゆく様子を,コヒーレントフォノンスペクトルの時間変化から捉えることに世界で初めて成功した。

この2種類の局所構造は、第一原理分子動力学計算の結果との比較などから,もともと配位価数が6配位(GeTe6)だった結合状態が,4配位(GeTe4)と3配位(GeTe3)に分裂して出現したものと考えられるという。

比較のためGST合金の薄膜についても同様に励起パルス対を照射したが,コヒーレントフォノンスペクトルの時間変化からは2種類の局所構造の発現は確認できなかった。すなわち,同様のレーザーパルス光のパワー照射下では,GST合金よりも相転移スイッチングの特性をあらかじめ第一原理計算によるシミュレーションなどで設計された人工結晶構造である超格子構造の方が,Ge原子を中心とする局所構造の変化が発生し易いことを示している。

また,その転移速度は,フォノンの振動周期とほぼ同等であることから,今回観測された局所構造転移は,通常10ps以上を要する従来の熱的な相変化過程ではなく,Ge原子とTe原子に束縛された価電子励起のみに依存する非熱的な反応過程であることを示唆している。

以上のように,相変化光メモリーの動作を超高速化するためには,超格子構造を持つことと,フェムト秒レーザーの励起パルス対の組み合わせが重要であることを発見した。

この研究成果は,現状の相変化光記録膜や相変化メモリーの相転移過程を1ps以下の時間で制御できることを示している。すなわち,相変化メモリーの書き換え速度をこれまでより1000倍以上高速化できるだけでなく,相転移スイッチングを光スイッチとした光通信などにおいて高ビット数の情報の転送が可能となる。

また,GeTe/Sb2Te3超格子構造薄膜の相転移をフェムト秒の超高速パルス対で誘起できれば,コンピューターのプロセッサにも応用できるTHz周波数帯域での書き込み・消去可能な超高速相変化メモリーが可能になり、シリコンベースのプロセッサーのGHz周波数帯域の性能を凌駕する潜在能力も秘めている。

さらに,今回得られた超高速相転移は,シングルパルス励起では観測されず,励起パルス対の照射でしか観測できないこと,および励起パルス対の時間間隔に依存することから,従来の熱的な転移過程ではなく,非熱的な転移過程であると考えられるという。すなわち,熱伝導率に支配されることなく,レーザーパルス対の時間間隔のみで相転移を制御できる,新しいタイプの超高速相変化メモリーデバイスの創製につながる。

さらに,超格子構造を改良し,相転移スイッチングに必要なレーザーパワーを省力化し,かつスイッチング動作をさらに安定化できれば,デバイスサイズの極小化も可能で,上にあるような超高速相変化メモリーデバイスの実現も期待できるとしている。

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