1. はじめに
現代社会における認知症,うつ病等の神経・精神疾患の患者数は急激に増加しており,これらの疾患に対する病理の解明及び治療は社会的に重要な課題となっている。従来の生体医工学技術では,シリコン加工やフレキシブル印刷技術を利用して,主として電気信号の計測が行われていた。しかし,それらの技術は,多様な生体信号の測定が困難,デバイスの位置制御が不十分,生体に対する損傷のリスクが存在する,など複数の課題があった。
筆者らは,光通信用ファイバーの製造技術である熱延伸技術を応用し,一本の細いファイバー内に電極,微小流路,バイオセンサー,アクチュエーターなどの多機能性を集積することに成功した。この新型多機能ファイバーセンサーは,従来の技術に存在する多くの課題を克服し,電気信号に加えて化学信号等の多次元情報を同時に計測する能力を実現した。加えて,高速かつ高精度の位置制御が可能であり,極細かつ柔軟な構造によって生体への適応性も顕著に向上している。本稿では,熱延伸技術を用いた多機能ファイバーセンサーの開発過程,及びそれを活用した生体医工学的応用について詳細に紹介する。
2. 熱延伸技術の原理
熱延伸技術は,従来の光通信用ガラス製光ファイバーを製造する手法である。本研究においては,この熱延伸技術を改良し,ポリマーから成る多機能ファイバーを生成する1)。具体的には,ポリマー,複合材料,金属といった多種多様な材料を組み合わせて,必要な構造に整えた上でプリフォームと称する成形体を制作する。このプリフォームに外部から熱を加えて,長さ方向に力を施すことで,多機能ファイバーが延伸される。この手法は,複数の異なる材料を積層し,それを引き延ばして細線化することで,断面に精密な模様を形成する「金太郎飴」の製作過程と相似している。
図1に示す通り,熱延伸技術は円筒形のヒーター上でプリフォームを配置し,加熱しながら下方に向けて張力を掛け,細いファイバーを巻き取る。この技術の優れた点は,プリフォーム製造の段階で内部構造を精密に設計可能であり,その断面構造を保ちつつファイバーを縮小することができるという点である。加えて,施される張力の度合いによって,巻き取るファイバーの太さや長さを適切に調整することが可能であり,微細なファイバーも大量に生産することができる。