1. はじめに
世界のエネルギー消費は年々増え続けており,今後も当面はその傾向は変わらないとみられる。現状,一次エネルギーの大部分は化石資源に由来しているため,環境の悪化やエネルギー資源の枯渇への懸念は高まっており,使用量を削減するべきという社会的要請は高まっている。こうした情勢のもと,太陽エネルギーを利用した水分解反応は,再生可能エネルギーを利用して貯蔵・輸送が可能なエネルギー物質である水素を製造する技術として長年研究されてきた1)。水分解反応で生成した水素は貯蔵可能であり,クリーンなエネルギーキャリアとして利用できる。さらに,水素は化学工業における重要な原料でもあり,二酸化炭素の資源化やアンモニアの合成にも利用できる。
また,太陽エネルギーを利用し二酸化炭素からエネルギー物質を生成するプロセスは植物の光合成にも通ずることから,太陽光水分解反応は「人工光合成」の最も基本的なプロセスとしても,科学者の関心を集めてきた。今日では,学術界から産業界まで様々な立場から,材料やシステムの研究・開発が世界中で活発に進められている。
この技術の実用化には,反応システムが高効率に水を分解できるだけではなく,大面積展開可能でなければならない。例えば,太陽エネルギーを水素に変換する際のエネルギー変換効率が10%のシステムが,比較的日照が強い地域(一年当たり2000 kWh m-2)に設置されていたとしても,2021 年の一次エネルギー消費(18.9 TW)2)を賄うには8×105 km2 の面積が地表で必要となる。これは,日本の国土面積の2 倍以上の広さであり,既存の化学プラントからは想像もできない規模のシステムを将来的に構築していく必要がある。太陽光水分解反応は種々の方式が研究されているが3),粉末半導体光触媒を用いる方式は比較的安価な手法で大面積化できる可能性があるため,高効率に反応を駆動する光触媒を開発することができれば大規模ソーラー水素製造に向けて大きく前進する。
本稿では,酸化物光触媒を用いた水分解反応システムの開発の現状について紹介したのち,可視光水分解用酸窒化物光触媒の新しい合成法として著者が最近研究している真空封管中で出発原料と固体窒素源を反応させる手法について述べる。
2. 光触媒による水分解反応の原理
粉末半導体光触媒により水が水素と酸素に分解される機構は既に多くの書籍で解説されている4)。半導体微粒子がバンドギャップよりも大きなエネルギーを持つ光を吸収すると,価電子帯から伝導帯へと電子が励起され,価電子帯には正孔が生成する。励起された電子と正孔が水を水素と酸素にそれぞれ還元,酸化することで水の分解反応が起こる。ここで,励起された電子・正孔で水を分解することが熱力学的に可能であるためには,バンドギャップが水素発生電位と酸素発生電位を挟み込むようなエネルギー準位になければならない。
他方,速度論的観点からは,励起状態の寿命は短く電子と正孔はサブマイクロ秒かそれよりも早い時間スケールで再結合して失われる。また,半導体の表面は酸化還元反応にはさほど活性ではない。そのため,表面に活性点となる微粒子を助触媒として担持し,酸化還元反応や電荷分離を促進するなどの工夫が必要である。
現状,応答波長が長くなるほど水分解反応の外部量子効率(目的反応に利用された光子数の照射された光子数に対する比の値)は低下する傾向がある。これは,バンドギャップが狭くなるために励起状態のエネルギーが小さくなることや,良質な材料を合成すること自体が難しいことが理由として挙げられる。したがって,光触媒材料,特に可視光応答性の材料の合成法の改良とその活性化の手法の開発が重要な研究対象となっている。