3. 紫外光応答型チタン酸ストロンチウム
チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)はペロブスカイト型の酸化物半導体であり,1980年代から紫外光照射下で水分解反応に活性を示すことが報告されている。また,粒子形態の制御が比較的容易であり,光触媒材料の構造・物性や表面修飾が水分解活性に及ぼす効果について詳しく研究されている。この10 年足らずの間に,SrTiO3 の水分解反応の外部量子効率が近紫外光域で90%を超え,再結合による損失がほとんどないレベルにまで向上している5)。これは,水分解反応がエネルギー蓄積型の反応であり,自発的には進行しない反応であることを考えると驚異的な効率である。
このような高い効率が得られた要因として,粒子成長を抑制したこと,Ti4+の還元を抑制したこと,サイト選択的に水素生成助触媒と酸素生成助触媒を共担持したことが挙げられる。SrTiO3粉末はフラックス法で処理すると単結晶性の粒子を育成できるが,ミクロンサイズにまで成長する。しかし,光触媒反応が進行するには,粒子内部での光励起により生成した電子と正孔が表面まで到達できなければならない。そのため,ミクロンサイズの粒子は光触媒として用いるには大きすぎる。
また一般に,酸化物は大気中の酸素と平衡になるために酸素欠陥を有する。それに伴いTi4+が還元され,半導体光触媒としての活性が低下する6)。しかし,フラックス処理時にAl2O3 を添加しておくと,粒子成長が抑制されて粒径が200-500 nm程度の粒子が得られる5)。ここで,Al3+ はTi4+ サイトに取り込まれるが,カチオンの価数が小さくなるために対応する量のO2– イオンが欠損し,酸素欠陥がある状態で電荷中性となる。そのため,酸素分圧との平衡による酸素欠陥の生成が起こりにくくなり,その結果Ti4+の還元も抑制される。
このようにして得られたAl ドープSrTiO3光触媒粒子を電子顕微鏡で詳しく観察すると立方体の辺をそぎ落とした形状をしているが(図1),立方体状粒子の平滑で大きな面が{100} 面,辺が切り出さて露出した面が{110}面に相当している5)。また,{100} 面と{110} 面の表面にはそれぞれ微粒子が担持されているが,それぞれ水素生成助触媒と酸素生成助触媒が面選択的に担持されていることが局所元素分析により確かめられている。SrTiO3 の{100} 面と{110} 面はそれぞれ励起電子と正孔を集めやすい性質があり,光触媒反応を利用した助触媒の担持法である光電着法を利用することで水素生成助触媒と酸素生成助触媒を担持することができる。
その結果,水素生成サイト(還元サイト)と酸素生成サイト(酸化サイト)が空間的に分離されて電荷分離が促進される。これらの寄与により,近紫外光域での外部量子効率90%以上での水の完全分解反応が実現した。
粉末光触媒は基材上に塗布固定することでシート状に加工できる7)。Al ドープSrTiO3光触媒シートを格納したパネル反応器は,水深が0.1 mmでも水分解生成物である水素・酸素混合気体を滞りなく放出する。最近では,高耐久化されたAl ドープSrTiO3 を利用した100 m2 スケールの大型水分解光触媒パネル反応器が東京大学内に設置され(図2),光触媒パネルの反応特性やガス分離機構等を含めた付帯設備の動作特性が報告されている。
光触媒パネル反応器は屋外環境での運用でも長期間継続して水素・酸素混合気体を発生し,滞りなくガス分離機構に輸送可能であった。さらに,ガス分離モジュールにより,生成した水素・酸素混合気体から発生した水素の7割以上を純度の高い水素として回収できることも確かめられており,分離性能の改善やプロセスの省エネルギー化の検討が進められている。