光導波路を用いた 光磁気記録デバイス ~ソリッドステート光メモリへの挑戦~

1. はじめに

「光磁気記録」は光信号によって磁性体の磁化方向を制御しデータを記録する技術であるが,書き込みでは磁気ヘッドの磁場を併用して光は熱を誘起することで磁性体の保磁力を低下する手段として用いるものが主である。読み出しでは磁気カー効果を利用して磁化方向に応じた偏光回転からデータを再生することができる。30年ほど時を遡れば,光磁気記録はストレージ媒体としてハ ードディスクドライブ(HDD)やDVDなどと並行して技術開発が行われた。筆者の世代では,1990 ~2000 年代に民生品として音声録音用のミニディスク(MD)やリムーバブル記憶媒体としてMOディスクが普及したことを記憶している。

現在ではフラッシュメモリやHDDの大容量化に水をあけられ,一般に目にする機会はなくなっている。しかし,HDDの記録密度向上の技術のひとつとして光アシスト磁気記録がある。書き込みの原理としては冒頭に述べた光磁気記録と同じであり,読み出しは電気信号であるものの光磁気記録の技術開発は継続しているとも言える。一方,コンピュータ機器内部のメモリとしては,機械的な動作部分がなく耐衝撃性や長期安定性の高いソリッドステート(固体)メモリが望まれる。高速の読み書きが求められる用途に向けて,磁気抵抗メモリ(MRAM)やレーストラックメモリなどのソリ ッドソテートメモリの研究開発が進められている1)

本稿では,光信号で読み書きを行い,レンズなどの光学系や回転機構を必要としないソリッドソテート光メモリの実現に向けた研究開発を紹介する。残念ながら光には回折限界が存在するため,記録密度が従来メモリの〇〇倍!といった夢のある話はできない。しかし,光通信や光信号処理においては光信号を直接的に記憶するメモリ素子がなく,システムの高機能化におけるボトルネックとなっている2)。筆者らが研究する光メモリは,光導波路を用いて光回路内に配置した磁性体の磁化に情報を記録し,また光回路を伝搬する光でその情報を読み出す新しい光メモリである。

2. 光導波路を用いた光磁気記録メモリ

図1 導波路型光磁気記録メモリの概念図
図1 導波路型光磁気記録メモリの概念図

図1に筆者が提案している光導波路型の光磁気記録メモリの概念図を示す3)。本研究の光メモリは,磁気光学材料からなる再生層と磁性金属からなる記録層で構成され,記録層の残留磁化により再生層も磁化される。中心の円形部分がリング共振器と呼ばれる光回路である。近接する直線導波路から光が結合し,周回した光とあとから結合する光の位相がそろっている場合は共振状態となり,光はリング共振器内に強く結合する。一方,位相がそろわない場合はリング共振器内には結合せず直線導波路を通過する。

まず再生動作について説明する。図2(a)に示すように,左上から入力した参照光は,共振条件を満たすときリング共振器内で減衰し出力強度は小さくなり,共振条件を満たさない場合はほとんど損失せず出力導波路へ透過する。再生層では磁気光学移相効果(磁気光学材料を光の伝搬方向と垂直に磁化した場合に導波モードの伝搬定数が変化する効果)により磁化の向き応じて異なる位相シフト量を生じる。その結果,磁化方向に応じて共振状態と非共振状態を制御することができ,再生層の磁化情報を読み出し光の強度として取り出すことができる。

記録動作では図2(b),(c)に示すようなの光アシスト磁気記録方式を用いる。記録時は光入力による発熱と保磁力の低下を伴って磁化反転を起こす。まずリセット動作として,データ0の共振状態になる磁化方向に外部から強い磁場を印加し,その磁化状態をセットする。その後,それとは逆方向に磁化反転が起こらない程度の弱い外部磁場を印加したレディ状態にする。光信号を入力し,データ1に相当する強い光強度を持った光が入力された素子のみに磁化反転が起こり,書き込み光から磁化情報への記録が実現される。

図2 導波路型光磁気記録メモリの動作原理
図2 導波路型光磁気記録メモリの動作原理

従来のMOディスクと比較すると,光導波路がレンズ光学系に相当する局所的な光吸収をもたらし,リング共振器が再生時の偏光回転や偏光検出に相当する光強度変調を担っている。光回路の面積も必要とするのため,記録密度という観点では決して高くはないが,光学系全体を含めたサイズの比較では非常に小型であり,何よりソリッドステートメモリを実現できる。

応用例としては,素子を並列に多数作製して多ビット化し,外部磁場でリセット動作とレディ状態を制御することで,光信号のデ ータを一括で記録・再生する順次アクセス型のメモリ動作が可能である。これは光通信などの光パケット信号に対する利用が想定される。また,素子ごとに外部磁場を制御するマイクロコイルを形成し,かつ書き込み光や参照光の入力導波路に光スイッチを設け任意のデータのみ読み書きできるようにすることで,ランダムアクセス型のメモリ動作も可能である。

同じカテゴリの連載記事

  • 光周波数コムを用いた物体の運動に関する超精密計測と校正法 東北大学 松隈 啓 2024年11月10日
  • こすると発光色が変わる有機結晶の合理的創製 横浜国立大学 伊藤 傑 2024年10月10日
  • 光ウェアラブルセンサによる局所筋血流と酸素消費の非侵襲同時計測 明治大学 小野弓絵 2024年09月10日
  • 関心領域のみをすばやく分子分析するラマン分光技術 大阪大学 熊本康昭 2024年08月12日
  • 熱画像解析による土壌有機物量計測技術の開発 大阪工業大学 加賀田翔 2024年07月10日
  • 組織深部を可視化する腹腔鏡用近赤外分光イメージングデバイスの開発 (国研)産業技術総合研究所 髙松利寛 2024年06月10日
  • 8の字型構造の活用による高効率円偏光発光を示す第3世代有機EL材料の開発 名古屋大学 福井識人 2024年05月07日
  • 高出力半導体テラヘルツ信号源とその応用 東京工業大学 鈴木左文 2024年04月09日