1. はじめに
本稿で取り上げる可視光通信(Visible Light Communication:VLC)とは,その名の通り人の目に見える光(可視光)を用いた光無線通信技術である1, 2)。本技術は1998年に慶応義塾大学理工学部 中川正雄名誉教授によって提唱された。
可視光通信の送信デバイスには主に発光ダイオード(Light Emitting Diode:LED)が用いられる。LEDは白熱灯に比べ低価格,高輝度で省電力,長寿命といった利点に加え,半導体デバイスであることからLEDの明るさ(輝度)を高速に制御可能である。この特徴を活かし,可視光通信ではデータをLEDの点滅によって送信する。
本技術は,LED照明やディスプレイなどを通信機器として利用でき,LEDを単に光源としてだけでなく,同時に通信にも用いられる点が世界中で注目されている3, 4)。
可視光通信は受信デバイスもユニークであり,光を検知できる素子を受信デバイスに利用できる。可視光通信の代表的な受信デバイスはフォトダイオードとイメージセンサ(カメラ)の2種類であり,特に後者を用いた可視光通信はイメージセンサ通信(Image Sensor Communication:ISC),または,Optical Camera Communication(OCC)と呼ばれる5, 6)。本稿ではこのISCに注目する。
ISCでは送信データであるLEDの点滅による光を画像として捉え,その画像から抽出される画素値(輝度値)を用いてデータを復調する。ISCはカメラの特性を活かして,送信源の光とそれ以外の外乱光(雑音)を画像上で分離できる点が大きな特徴である。つまり,屋外環境のように太陽光など複数の外乱光が存在する環境で利用できることを意味する。
さらに,複数の送信源からの光が同時に届いたとしても,画像上でそれぞれの送信源を識別でき,個別に復調可能である点もISCならではである。しかしながら,ISCではその通信速度が受信機であるカメラの撮影速度に依存することが問題となっている。先に述べた通りISCではLED光を画像で捉えるため,画像1枚当たりに写るLED数が少なく,なおかつ,その画像が生成される速度が遅いほど通信速度は遅くなってしまう。
例として,一般的な市販のカメラの撮影速度は30~60 frame/sec (fps)であり,これは1秒あたりの撮影枚数が30枚から60枚であることを意味する。この時,1個のLEDが点灯したら‘1’,消灯したら‘0’のように送るOn-Off-Keying(OOK)変調を用いた場合,その通信速度は15~60 bit/sec (bps)である。これは1秒当たり15~60 bit程度しか送れないことを指しており,非常に低速である。
この問題を解決する方法として,撮影速度の速い高速度カメラを受信機に用いる方法7~9)を筆者らは提案してきたが,高速度カメラは未だ値段が高く,導入コストの高さがネックとなっている。
また,カメラのシャッター方式の1つであるローリングシャッター方式の特徴を活かして通信速度を向上させる手法10)も提案されているが,実現するためにはカメラで捉えられるLED光の範囲をできるだけ大きくして受信する必要がある。
市販のカメラのような低撮影速度のカメラで通信速度を向上させるために,筆者らはこれらとは違うアプローチとして,“回転式LED送信機”を開発した。本装置はデータを送るLEDを点滅させながら回転させ,それによって生じるLED光の残像*1を利用して通信速度の向上を図るものである。
本稿ではこの回転式LED送信機によるISCシステムを説明し,本装置による通信速度向上の原理とその通信性能を紹介する。なお,回転式LED送信機の研究成果は学術論文として2021 年8月にIEEE Photonics Journalに掲載されており,本稿ではその論文の内容を基に説明する11)。