転写プリント法が可能にする自在なハイブリッド光集積

3. 転写プリント法の集積ナノフォトニクスへの応用

図3  転写プリント法により作製したハイブリッド光集積デバイスの例 (a)シリコンフォトニクス光回路上へのフォトニック結晶ナノビーム共振器の集積 (b)平坦化銀表面へのGaAsマイクロリング共振器の集積 (c)GaAsフォトニック結晶ナノ共振器上への原子層黒リンの集積
図3  転写プリント法により作製したハイブリッド光集積デバイスの例 (a)シリコンフォトニクス光回路上へのフォトニック結晶ナノビーム共振器の集積 (b)平坦化銀表面へのGaAsマイクロリング共振器の集積 (c)GaAsフォトニック結晶ナノ共振器上への原子層黒リンの集積

図3にこれまで著者らが転写プリント法を用いて作製したハイブリッド集積光デバイスを数例示す。図3(a)は,シリコンフォトニクス光回路上へGaAsによるフォトニック結晶ナノビーム共振器を転写集積した例である4)

光回路はプロセスファウンドリにおけるマルチプロジェクトウェハとして入手し,その上へ研究室内で作製した微小光共振器を転写した。光導波路はガラスクラッドに埋め込まれており,その上にナノビームを位置合わせしつつ設置している。またナノビームにはInAs量子ドットが結晶成長の段階で埋め込まれている。ヘリウム温度での顕微分光測定から,GaAsナノビームがシリコン光回路とほぼ同等の温度まで冷却されていることを確認し,量子ドットからの単一光子発生を観測することができた。

また導波路中の光伝搬の観測から,ナノビームと光導波路とがほぼ設計通りに光結合することも見いだされた。つまり,転写集積しただけで素子・光回路間の光・熱的な強い結合が得られることが分かった。同様の構造において量子ドット密度が高い共振器を転写することで,シリコン上ナノ共振器レーザーの実現にも成功している6)

図3(b)には,GaAsマイクロリング共振器を平坦化銀表面へ転写した例9)を示す。GaAs-銀界面に発現する表面プラズモンポラリトンモードを活用した共振器が構成されている。銀はシリコン(111)面上に精密に蒸着され原子層レベルで平坦化されており,プラズモンの散乱による損失が抑制されている。このような特殊な材料と微小光構造を高品質に組み合わせることができる点も転写プリント法を活用する利点として挙げられる。同構造においても,内部に埋め込んだ量子ドットを活用して,単一プラズモン発生9)やレーザー発振8)の実現に成功している。

図3(c)は,フォトニック結晶ナノ共振器へ原子層材料を組み合わせた例10)を示す。あらかじめ光学評価した原子層黒リンを位置合わせしつつナノ共振器上へ転写した。操作はすべて窒素雰囲気下のグローブボックスで行った。光学実験から,原子層黒リンとナノ共振器の光学結合を確認した。転写プリント法はファンデルワールス力を中心とした接着力を活用しているため,転写する材料をほとんど選ばず,集積に伴う材料へのダメージも小さい。従って,これらの例に限らず多種多様なハイブリッド光集積を高品質に実行可能な点も魅力的である。

図4 ハイブリッド集積シリコン量子フォトニクス光回路の概念図
図4 ハイブリッド集積シリコン量子フォトニクス光回路の概念図

4. まとめと将来展望

本稿では,転写プリント法を活用した光集積技術について概説した。同手法を用いることで自由度が高く高品質なハイブリッド光集積が実行できることを紹介した。その汎用性の高さから,転写プリント法を用いた光集積技術は今後も様々な発展を遂げていくと考えられる。

一例をあげれば,転写プリント法を用いることで,古典的な光集積のアプローチでは作製が困難な光集積デバイスの実現が可能になると考えられる。量子光集積回路はその代表例であり,多種多様な材料からなる高性能光デバイスを用いて精密に光回路を構築する必要がある。転写プリント法のアプローチであれば,図4に概念的に描くような複雑なハイブリッド光量子デバイスも十分に実現可能であると考えられる。

また,様々な光集積回路の高速なプロトタイピングにも利用可能である。複雑なプロセス開発を経ずに異種材料素子を組み合わせ,光回路としての動作特性を調べることができる。これは,経済・時間的なコストを大幅に短縮したハイブリッド光デバイスの開発を可能とする。シリコンをプラットフォームとする場合には,集積電子回路とのハイブリッド化も十分視野にいれることが可能である。

一方,多数デバイスの一括転写によるモノリシック集積への応用に向けては、転写技術のさらなる向上が必要と考えられる。大きな課題は転写時に発生する素子の位置ずれであり,粘弾性ゴムの歪に起因すると考えられる。同課題の解決に向けて新たなアイデアが求められている。いずれの研究の方向性も大きな実りを期待できるものであり,多くの開発者・研究者の参加を期待している。

謝辞

本研究の一部は,科研費特別推進研究(15H05700),科研費補助金(19K05300),JSTさきがけ(JPMJPR1863), NEDOにより遂行された。本研究の遂行にあたって,共同研究者である荒川泰彦特任教授(東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構),岩本敏教授(東京大学先端科学技術研究センター)には多くの助言とご協力をいただいた。また,有益なご議論を頂いた勝見亮太,長田有登,玉田晃均,角田雅弘,渡邉克之,石田悟己,西岡政雄,守谷頼,町田友樹各氏に深く感謝する。

参考文献
1) E. Menard, K. J. Lee, D. Y. Khang, R. G. Nuzzo, and J. A. Rogers, “A printable form of silicon for high performance thin film transistors on plastic substrates,” Appl. Phys. Lett. 84, 5398-5400 (2004).
2) M. A. Meitl, Z. -T. Zhu, V. Kumar, K. J. Lee, X. Feng, Y. Y. Huang, I. Adesida, R. G. Nuzzo, and J. A. Rogers, “Transfer printing by kinetic control of adhesion to an elastomeric stamp,” Nat. Mater. 5, 33-38 (2006).
3) R. Katsumi, Y. Ota, M. Kakuda, S. Iwamoto, and Y. Arakawa, “Transfer-printed single-photon sources coupled to wire waveguides,” Optica 5, 691 (2018).
4) R. Katsumi, Y. Ota, A. Osada, T. Yamaguchi, T. Tajiri, M. Kakuda, S. Iwamoto, H. Akiyama, and Y. Arakawa, “Quantum-dot single-photon source on a CMOS silicon photonic chip integrated using transfer printing,” APL Photonics 4, 036105 (2019).
5) R. Katsumi, Y. Ota, A. Osada, T. Tajiri, T. Yamaguchi, M. Kakuda, S. Iwamoto, H. Akiyama, and Y. Arakawa, “In situ wavelength tuning of quantum-dot single-photon sources integrated on a CMOS-processed silicon waveguide,” Appl. Phys. Lett. 116, 041103 (2020).
6) A. Osada, Y. Ota, R. Katsumi, K. Watanabe, S. Iwamoto, and Y. Arakawa, “Transfer-printed quantum-dot nanolasers on a silicon photonic circuit,” Appl. Phys. Express 11, 072002 (2018).
7) A. Osada, Y. Ota, R. Katsumi, M. Kakuda, S. Iwamoto, and Y. Arakawa, “Strongly Coupled Single-Quantum-Dot-Cavity System Integrated on a CMOS-Processed Silicon Photonic Chip,” Phys. Rev. Appl. 11, 024071 (2019).
8) A. Tamada, Y. Ota, K. Kuruma, J. Ho, K. Watanabe, S. Iwamoto, and
Y. Arakawa, “Demonstration of lasing oscillation in a plasmonic microring resonator containing quantum dots fabricated by transfer printing,” Jpn. J. Appl. Phys. 56, 102001 (2017).
9) A. Tamada, Y. Ota, K. Kuruma, K. Watanabe, S. Iwamoto, and Y. Arakawa, “Single Plasmon Generation in an InAs/GaAs Quantum Dot in a Transfer-Printed Plasmonic Microring Resonator,” ACS Photonics 6, 1106-1110 (2019).
10) Y. Ota, R. Moriya, N. Yabuki, M. Arai, M. Kakuda, S. Iwamoto, T. Machida, and Y. Arakawa, “Optical coupling between atomically thin black phosphorus and a two dimensional photonic crystal nanocavity,” Appl. Phys. Lett. 110, 223105 (2017).
11) R. Katsumi, Y. Ota, T. Tajiri, M. Kakuda, S. Iwamoto, H. Akiyama, and Y. Arakawa, “Unidirectional output from a quantum-dot single-photon source hybrid integrated on silicon,” arXiv: 2108.04450 (2021).
12) J. McPhillimy, D. Jevtics, B. J. E. Guilhabert, C. Klitis, A. Hurtado,
M. Sorel, and M. D. Dawson, “Automated nanoscale absolute accuracy alignment system for transfer printing,” ACS Appl. Nano Mater. 3, 10326-10332 (2020).
13) J. Zhang, G. Muliuk, J. Juvert, S. Kumari, J. Goyvaerts, B. Haq, C. Op de Beeck, B. Kuyken, G. Morthier, D. Van Thourhout, R. Baets, G. Lepage, P. Verheyen, J. Van Campenhout, A. Gocalinska, J. O’Callaghan, E. Pelucchi, K. Thomas, B. Corbett, A. J. Trindade, and
G. Roelkens, “III-V-on-Si photonic integrated circuits realized using micro-transfer-printing,” APL Photonics 4, 110803 (2019).

■Flexible hybrid photonic integration with transfer printing
■Yasutomo Ota

■Associate Professor, Department of Applied Physics and Physico-Informatics, Faculty of Science and Technology, Keio University

オオタ ヤストモ
所属:慶應義塾大学 理工学部物理情報工学科 准教授

(月刊OPTRONICS 2021年10月号)

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